第1章

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 顔を伏せていたのは、この涙を覚られまいとしていたが為。聖騎士としての責任感ゆえか、或いは武人としての意地か、はたまた死の床にあるセティを気遣うがゆえか。  しかし、そのような理性という虚飾を施そうとも、生来の優しさは覆い隠せぬ。  老司教は、自分の手を握るアリシアの手を解くと、それをゆっくりと彼女の頭へと伸ばし、優しく撫で、抱き寄せる。 「私も貴女の事を我が子、我が孫も同然と思い、その成長を見守って参りました」そして天を仰ぎ、呟いた。「かつては私の手を焼かせた、その頑固なところも、そしてその優しさも──今は、全てが愛おしい」  慈愛に満ちた言葉が、聖騎士の心へと沁み渡り、アリシアは涙を滂沱と流し始めた。 「セティ様……」  両手で鼻と口を覆い、泣き声を必死に噛み殺す。  しかし、それが無駄と知るや、アリシアは寝台へと顔を伏せ、櫃を切ったかのように泣きじゃくった。  まるで幼き子供のように。  そんなアリシアの銀色の髪を優しく撫でながら、セティは言った。 「それで良いのです──お泣きなさい。悲しければ存分に泣けばいいのです。それが人間なのですから。貴女は騎士である以前に、一人の人間であるのです。それを決して忘れてはなりません」 「はい……セティ様」と、アリシアは涙声で答えた。 「そう言えば、あの子は元気でいるのでしょうか? 王都の士官学校で騎士訓練を積み、昨年晴れて騎士となった──」 「はい。先日、手紙が届きまして、王都騎士隊に籍を置いて、毎日の任務を忠実に遂行しているそうです。先月の人事編成の際に、この聖都騎士隊に編入される事が決まったそうで、恐らく数日中に聖都へと戻って来るものかと。せめて、あの子が──ウェルトが帰って来るまでは……」 「それは、神のみぞ知る運命。もし、間に合わなかった時は貴女の口から、私の死を伝えてあげて下さい」 「……」  アリシアは顔を上げ、押し黙った。  涙によって赤く変じた彼女の目に、自嘲的な笑みを浮かべるセティの顔が映る。 「こんな弱音が出てしまうとは──そんな無様な姿など、あの娘には見せられませんね」 「──御養女様ですね?」アリシアは問うた。「お姿が見られませんが、今はどちらに?」 「今頃、外の祭りで遊んでいる事でしょう。付きの者を従えておりますから、退屈はしていないと思います」 「では、今のセティ様の容体は──」  司教は静かに首を横に振る。
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