第1章

9/27
前へ
/27ページ
次へ
「付きの者に口止めを命じております。あの優しい子の事、今の私の姿を見れば、泣きじゃくってしまう事でしょう。今の貴女のようにね」 「セティ様……」 「私にとって、あの子の悲しむ顔を見るのが、何よりも辛いのです」  アリシアは、その娘が如何様な素性を持っているかは知らぬ。  しかし、この二言三言の言葉で、聖騎士は二人の関係を理解した。  二人の間には、確かなる愛情が存在しているという事を。  養女に対して深き愛情をもって接し、またその養女も、それに応えるかのように愛情をもって養母に接しているという事を。  それだけで十分であった。  そこに親子としての確固たる情がある以上、血の繋がりや娘の素性などに何の意味などあろうか? 「……私が死んだら、あの子はまた一人ぼっち。仕方がないとはいえ、それだけが本当に心残りです」 「ならば、やはり最後に一言だけ、言葉を交わしては──」 「いいえ。今日だけは──今日だけは、あの子に思う存分遊ばせてあげたいのです。楽しませてあげたいのです」 「──ですが!」  聖騎士は少しだけ語気を強めた。  誰の目にも明らかであったからだ。司教の命が、もう長くはない事を。もって二日──いや、存命のうちに明日の夜明けを迎えられるかも疑わしいほどに。 「大丈夫です」しかし、司教セティは笑顔で頷いた。  そして、軽く祈りを捧げる。 「神は──そこまで残酷ではありません。私に、それくらいの時間と命を与えて下さると信じております」 「セティ様……」 「大丈夫です。きっと、きっと──」  そして──  司教セティが、関係者に看取られながら神の御許へと旅立ったのは、これより二日後の事だった。  <3>  悲しみに暮れる聖都の大路を歩く一人の男がいた。  旅の戦士であろうか、深く被るフードの奥から覗く顔、身に纏う簡素な鎧、その背に背負う無骨な大剣の鞘は砂塵で薄汚れ、その長きに亘る旅の苛酷さを物語る演出の役割を果たしていた。  大聖堂へと至る大路。路の端には、悲しみの涙に暮れる僧や、騎士らの姿があった。  青年は立ち止まり、遥か前方に聳える純白の大聖堂を視界にとらえると、おもむろに頭に被せてあったフードを外す。  少し赤みの帯びた黒髪が印象的な男であった。  若く、その容貌は少年期から青年期へと移りゆく最中。
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加