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満天の星空へ向かい、今は亡き大恩ある養母にして、かつて聖職者の頂点の座に君臨していた聖人の名を唱えていた。
寝台に腰をかけ、窓に背を向けた青年は、ある一点をじっと見つめたまま、沈黙を続けていた。
その視線の先にあるのは、壁際に無造作に置かれた彼の装束。
騎士の甲冑。
世に蔓延る様々な脅威より弱者を守る武人、騎士の象徴ともいえる品であり、同時に彼の身分を示す証である。
幾つもの部品によって構成されているこれらのうち、彼が見つめているのは、胸当てにあたる部分。
本来、所属を表す文様が刻まれているはずの箇所にあるのは、何かを荒々しく削り取った痕跡。
青年ウェルトは従姉であるアリシアとともに、西方の果てにある聖都グリフォン・テイルを守衛する騎士隊に属する騎士であった。
そして、彼もまたセリアに対する『死』を求めた聖都の権力者に抵抗するアリシアに同調し、そして、同様に故郷である宗教都市より追放された身。
胸当ての痕跡は、旅立ちの際にウェルトが自ら削り落としたものであった。
名誉を重んずる騎士にとって、この文様とは、おのれの身分を明かすものであり、名誉の象徴。それを自ら除くような事など、あってはならぬ事である。
しかし、ウェルトは敢えて、その名誉の象徴を自らの手で削り落としたのだった。
かつての英雄『双翼の聖騎士』の系譜。その傍系に属する彼の姓クラウザー家。その家に与えられた役割とは──『陰』。
直系であるクラルラット家の嫡子アリシアを支える事である。
だが、彼がアリシアに従い、同じく追放者となった理由はそれだけではない。
呪われた出生ゆえに、繰り返された周囲の『死』の要求を撥ね退け、贖罪の道を選んだセリア。
そして、そんな彼女を聖騎士として守る道を選んだアリシア。
ウェルトは、その決意を固めた二人の内に真の正義を見出していたのである。
騎士として。
英雄の子孫として。
そして人間として──
だからこそ、彼は騎士隊という組織を離れ、おのれの信念に殉じる貴人に従う道を選んだのだ。
胸当ての傷は、そんな組織との決別の証にして彼なりの決意の証。
一見、不名誉にも見えるこれを、ウェルトは心より誇りに思っていた。
聖騎士アリシアという『陽』を支える役目を宿命づけられた『陰』の人物にとって、これこそが最大の矜持。
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