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「ですが、騎士隊として彼らに世話をできるのは、街を巡回する番兵の仕事が精々。しかし、その仕事は一般の方々も従事しているがゆえ、彼らの素性が露見してしまわぬよう細心の注意を払わねばなりません。それでも時折、察しのいい者が事実を知り、不必要な揉め事を起こしているのが実情でありますが」
「騎士として、この現状を改善しようと考えてはいないのか?」
このウェルトの問いに、先導する騎士は静かに首を横に振る。
そして、心底悔しげな声で答えた。
「人道に従い、我々が表だってこの問題に介入すれば、おのずとこの『区画』の住民らに肩入れすることとなります。それは即ち、彼らを蔑視する多くの民を悪と見なすと同義。そうなれば、どのような反発が起こるか知れたものではありません」
そして、彼は最後にこうも付け加えた。
──騎士隊は、過去に幾度とこの問題に取り組み、街はその度に暴動と鎮圧を繰り返しては、街のみならず『区画』内の者達に多くの被害を出してきたのだと。
「もはや『区画』内の民に、次の暴動に耐える余力は残されてはおりません。最早、我々にできる事は、彼らに最低限の生活が出来るよう、秘密裏に手を尽くす事──ただ、それだけなのです」
「どうして……」
セリアは天を仰ぎ、天に祈りを捧げた。
「どうして、そこまでして人を蔑まなければいけないのですか──」
嘆きの言葉を聞き、二人の騎士は目を伏せた。
この国に存在している差別の現状──その真因は彼女の祖母にある。
それを今、目の前に突きつけられている。その重圧たるや、二人の騎士には全く想像する事は出来ぬ。
多くの言葉をもってすれば、正論をもってして説得を試みる事はできるだろう。だが、その心労を理解せぬ者の言葉は、ただ徒に相手を混乱させるだけの愚行。
故に、ウェルトもアリシアも、言葉を弄して彼女を慰める事はしなかった。
「──彼らもまた、弱い人間だからですよ」
その時、答えを発した者がいた。
声の主は、ウェルトでもアリシアでもなく──三人を先導する男であった。
その声には、このグリフォン・アイの街を蝕む現状に対する怒りや、蔑み、或いは自嘲めいた感情などは一切感じられぬ。
『区画』内の住民を迫害する『一部の民衆達』に対する同情心さえうかがえた。
そんな一言に込められた感情の起伏を感じ取ったアリシアは、一種の違和感を覚えた。
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