第1章

5/29

0人が本棚に入れています
本棚に追加
/29ページ
「何故、彼らが軍備の強化を訴えず、暴動という手段に出たのかは知らぬ。だが、我々は執政の世界に身を置く者として、これらの声は深刻な問題として受け止めねばならぬ」 「暴徒の声に、耳を傾けると言うのか!」 「如何なる者であれども、民の声には変わらぬ──陛下は、そう仰せだ」  幾度となく浴びせられる怒りの声を受けても尚、使者の男の声の調子は終始冷淡なものであった。 「ならば、やがてはこの街において王家や貴殿ら王都議会の者達に対する怒りが噴出するであろう」  しかし、街の未来を憂う翁も引き下がらぬ。 「聞けばつい先日、西の聖地にて、かつての英雄の直系とされる者が『聖騎士』の地位に任じられ、その談話の場にて、議会に実質上支配されている王家に諌言なされたとか。それ故、現王家に不信感を抱く一部の国民や貴族らからの人気は随分と高く、支持者の中には、当の本人が否定なされている『騎士団による政権』の復活を、期待している者も少なくない。もし、貴殿がこの命令を実行に移すのであれば、このグリフォン・アイの民は一斉に聖騎士殿への支持へと傾くであろう」  それを聞き、使者の男は「ほう」と唸った。 「再び、権力を騎士団へと移してでも現状を維持すべき──そう、領主殿は思われていると?」 「少なくとも、貴殿らのような貴族どもに任せるよりは」翁は即答した。「この国を良き方向に導いて頂けるのならば、誰が指導者でも私は構わぬと思っておる」  その答えを聞いた使者の男は「馬鹿馬鹿しい」と言わんがばかりに、小さく鼻を鳴らす。  そして、言った。 「我々がそのような愚を犯すと思うか?」 「──なに?」 「確かに貴殿が言う通り、そのまま民衆に負担を課すだけならば、我々は猛烈な批判に晒されるだろう。他の有力者に頼ろうとする者も出てくるのも当然。だが我々とて、その長年に亘る執政の歴史の中、そのような民衆の批判の逸らし方、民意の操作の方法など十分に心得ている。そうでなければ、然程の武力も有さず、そして神の信徒でもない我々が如何にして権力を維持できようか?」 「……」  睨みつけながらも黙する街の主を見つめ、王家の代弁者は言った。 「ならば見せてくれよう。為政者の得意とする、世論の操作術とやらを」  <2>  女は眠れずにいた。  宿場街の一角にある安宿の一室。
/29ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加