第1章

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 類稀なる美貌の持ち主にして、人心の隙を嗅ぎわけ。付け入る嗅覚と弁舌、これを利用し、おのれの無限とも称すべき欲望を叶える為に最も効率のよい手段を瞬時に計算する知性と、そして常人が目を背けたくなるほどの悪事すら厭わぬ狂気──これら全てを兼ね備えた稀代の天才。  かつて西の聖都に活動拠点を置く一介の議員にして聖職者に過ぎなかったソレイアはこれらの才能を生かし、甘言や詭計を用いて実権を握ると、かねてより手を組んでいた錬金術師と魔物の勢力を用いて自らに異を唱える者を全て排除し、そこに自分を君主とした新たな国を興した。  その国の名は──神聖ソレイア公国。  そして、配下として集めた多くの錬金術師たちの力を利用し、非合法な人体実験によって編み出された様々な秘術によって、瞬く間に巨万の富を得ると、たったの一年で大陸の半分をその影響下へ置くに至ったという。  その影響は五十年経った今もなお、まさに遅行性の毒が体を蝕むが如く大陸全体を蝕み、姿形を変えて残存していた。  この国の民衆は貧しくとも、概ね善良な心をもっていたという。  しかし、人々は口を揃えて言う。 「あの戦いの日を境に、全てが変わってしまったのだ」と。  平和となった今、先人の復興に対する努力によって、表面上はかつての生活が戻ったかのように見える。  しかし、人々の『本質』はどうか?  ──あの戦により、最も運命を狂わされた者達が存在する。  それは、ソレイアを討った騎士団でも、それに追従した神の信徒でもない。  当時、ソレイアの甘言に乗り、その悪事に加担してしまった貴族や豪族たち、そして、それらを支持していた一部の民衆らである。  彼らはソレイアと共に様々な悪事を繰り返し、大陸中の敵意を一身に集めていたのである。戦後、囂々たる非難を浴び、協力者のうち貴族や豪族らはその身分を剥奪。そして、そんな者達を支持していた平民も厳罰に処されたという。  無論、それは当然の処置である。  しかし、人の心とは時に悪魔すらも恐れ慄くほど冷酷な面を晒す。  そう。これだけで全てが終わらなかったのである。  罰を受け、全てを失ってようやと放免となった彼らに対し、世間は寒冷地の家屋の屋根に垂れ下がる氷柱の如き冷たさと鋭さをもってこれらを出迎えた。  全てを失った彼らを待ち受けていたのは、容赦なき迫害の日々。
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