第1章

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 <1>  グリフォン・ハートという名の都がある。  大陸東部最大にして、絢爛な王城が見守る城下町。古代より執政の中心として、この国の発展と衰退、戦乱と平和の日々を演出してきた場所。  朝、そんな王都の片隅にある、王城より最も離れた一角。  ──貧民街。  その静かなる空間に、通りを駆け抜ける一団の足音が木霊する。  足音の主とは、数名からなる一団。  七名で編成された彼らは皆、長剣や短剣といった護身用の武器を腰に佩き、纏う衣類もまた上質な代物。その貧民街の背景に不釣り合いなほどに小奇麗な身形をした者達。  この王都を守衛する騎士団に属する武人達の姿であった。  道を行き交う人々は老若男女問わず、この武人らに道を開けた。肩で風切る荒くれ者ですら、この集団の行く手を塞ぐような真似はせぬ。彼らの実力は誰もが耳にするほどであり、更に、その刃は一般の者らに決して向けられぬものと知っているがためである。暴漢の類に襲われたところを通りがかった彼らに助けられた者も多く、このような特権階級の存在であるにも関わらず、下層の人々からも比較的好ましい目で見られていた。  だが今、街の英雄たる武人らの表情は極めて険しく、まさに宿命の闘いに赴かんとしているかのよう。  集団は道を折れて脇道に入り、程なく目的地に至った。  貧民街の最奥、その袋小路にある小さな民家の前であった。その前には、来訪者たる一団と同じ身形をした二人の若き騎士の姿があり、訪れた集団を略式の礼をもって出迎える。  彼は姿勢と表情こそは毅然を装っていた。しかし、その顔色は蒼白、掌からは汗が滴っており、明かなる動揺の色が窺えた。  一団の長は、そんな若者達の心情に配慮し、声を発した。 「──この中で、か?」  そう尋ねるや、若武者の片方は固く結んだ口を開く。  そして、言った。 「はい。先刻、御仁の様子を窺いに参じたところ……」  言葉はそこで詰まった。今の彼にとって、ここが限界なのだろう。しかし、聴衆たる一団にとって十分な情報。長は民家の開け放たれた扉より、室内へと歩み入る。 「……」  そして、言葉を失った。  長たる中年の男が目にしたのは──屋根の梁に結ばれ、半ばより千切れた一本の縄。そして、直下の床に横たわる椅子と人。  灰がかった黒髪の女であった。その首には輪縄が掛けられ、それによって刻まれたと思しき頸部の索状痕が認められた。
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