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「自ら命を絶ったか……」
長は唸る。その口調は口惜しげにも、そして同時に淡々としているようにも聞こえた。
まるで、この日が訪れる事を事前に察知していたかのように。
騎士の一団は、床に横たわる遺体の顔を見遣った。ある者は長と同様に家屋の中へと立ち入って、またある者は外から眺める形で。
深い皺が刻まれ、頬が痩けた顔は、まるで歳を重ねた老婆の如し。目の下に深き隈の出来た、憔悴の果てと称すべき死に顔であった。
だが、躯の女は、顔の印象ほど歳を重ねてはおらぬ。
髪の色は若年期の黒から老年期の白への移行の途にあり、それより察するに、この女の実際の年齢は五十余。
髪と顔に刻まれた年輪の差異が不気味なほどに不釣り合いであり、同時にこの女が人生において相当な苦悩を強いられ、心身を参らせていったのだろうと、誰もが想像する。
「彼女に、不審な人物による接触はなかったか?」
長は再び問いを発した。若き二人の騎士の、もう片方に対して。
答えは即座にもたらされた。歯切れの悪い──回答者にとっても釈然としないといった様子を伴って。
「近隣の住民によると、一昨日、僧らしき人物がこの家を訪れていたところを目撃していたそうでして……」
「清貧を重んずる僧にとって、貧民街の住民と接触を図る事は何も不自然な事はあるまい?」
「確かにそうですが……」
若者より発せられる言葉、その歯切れの悪さは変わらぬ。
「話せ」
長は怪訝に思い、改めて彼を促した。
「……その僧の装いは、東方地域で見られる僧衣とは異なるものであったと聞きました」
「……具体的には?」
更に促すと、その若武者はその衣装についての詳細を話し始めた。
この男なりに、その奇妙な僧衣の人物が関連していると踏んでいたのだろう。その内容は、色、形状、そして意匠などの細部至るまで綿密に調査が行われたとわかるほどに調べ上げられていた。
そして彼は報告の最後に、自分の考えを付け加えた。
「これより察するに、あの僧衣は西の最果てにある聖地──聖都グリフォン・テイル大聖堂のものであると思われます」──と。
ここまで言い終えるや、彼は回答者から質問者へと変貌を遂げた。
長たる男に向かい、矢継ぎ早に質問を叩きつける。
その内容とは、眼前の──既に物言わぬ躯と化した女の素性についてであった。
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