第1章

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「この街の騎士隊に配属された日より、私は上官よりこの女性の監視を怠らぬよう命じられておりました。理由を尋ねても、その上官は逡巡するのみで一切明かしては頂けぬ。何故、貧民街の片隅に静かに暮らす彼女を監視せねばならなかったのか? そして、そんな女性にどうして遥々聖都より僧が馳せ参じたのか──考えれば考えるほどに奇妙」  長の男は静かに目を伏せた。そして、躯の傍に跪くと、その虚空を眺める目をそっと閉じさせ、胸の前で手を組ませると、命なきその身体を静かに抱え上げる。 「最早、このような事態となってしまった以上、隠匿する理由はなかろう」  そして、語った。騎士団の上層部しか知り得ぬ、女の素性を。  この女の名はアイナ。五十年前の内戦の折、聖都グリフォン・テイルにおける戦において討たれた逆賊ソレイアの二人娘、その次女にあたる人物である──と。 「──!」  不意に発せられたその言葉に、その場に居合わせた誰もが驚きもあまり目を見開き、そして、同時に息をのんだ。 「まさか、ずっと王都の片隅で静かに暮らしていただなんて……」  信じられぬとばかりに誰かが言葉を発する。  公には、ソレイアの血族について一切の情報が不明とされていた。  だが生前、淫蕩として名高かったと伝えられている彼女には隠し子の存在が常々噂されており、一説には何処かの片田舎の有力貴族のもとへ預けられたとも、何かの弾みで素性がばれ、怒れる市民による私刑の末に命を落としたとも言われていた。  そして今日、その噂の真相が明かされたのである。当の本人の死をもってして。  長の告白は続いた。「先代の騎士団長よりの伝聞である」と前置きをして── 「かつての戦の折、聖都王城にて置き去りとされた彼女らは、当時の騎士団の手によって保護されたのだ。だが、戦によって疲弊した国民の感情、そして新たな戦の火種を残さぬ為にも、この場で処するべきとの声もあったのだが、騎士団は『子供達に罪はない』と反発し、ソレイアの血族に関する答えは後世に委ねるとして、保護と監視を継続する事となったのだ。だが、その結果、自らの血筋に負い目を感じていたアイナは一般居住区で暮らすようにという騎士団の申し出を断り、自らこの貧民街での生活を選び、孤独なまま死んでいったとは──何とも皮肉な話よ」  その時、別の騎士が問いかけた。
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