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「彼女に、身寄りはいなかったのですか? 確か、姉がいるのではありませんか?」
「長女は保護されて間もなく、騎士団筋の有力貴族の元へと養子に出されたのだ。だが、その事実を察した政敵が、それを醜聞として追及したがゆえにその貴族は没落してしまったそうだ。以降、その長女の行方は杳として知れぬ」
「夫や、子供は?」
この問いが発せられた刹那、長の男は逡巡したかのように口を噤む。
しかし、それは一瞬のこと。彼は意を決し、再び声を発した。
「存在していた。かつては──だが」
「かつて?」
「──十六年前の話だ。当時のアイナは齢三十を超えてもいまだ美しく、その呪われた血統ゆえに壮絶な運命を抱えながらも生きる姿は儚げでもあり、同情心より彼女に思いを寄せる騎士がいたのだ」
言葉少なに返答し、長たる男の顔に一瞬だけ、苦悩の色が浮かぶ。
「私の親友だ──」
悲しみが内包する声が室内に木霊する。
「無論、私のみならず騎士団全員がこの縁組を祝福した。戦の終結より既に三十年余。既にかつての戦は総括されており、この国がかつて直面した悲劇を忘れぬ為にも、彼女の血を残す事は極めて有意義であると考えたが故に」
だが、と長は続けた。
「騎士とは弱者たる民衆を魔物の脅威より守る役割を担うが故に、彼らは我々を英雄視する者も多い。そんな騎士が国賊の血族にあたる娘を娶ったとなれば、失望を買うのは必至。民衆の反応は極めて冷やかだったのだ。そればかりか、明らかに反発の意思を見せる者まで現れた。即ち、三十年経っても尚、かの戦によって民衆の心に受けた傷は深く、その産物であるとも言えるアイナの存在を誰も許してはいなかったのだ」
「では、その騎士は……」
「婚姻の数日後に殺された──怒り狂う民衆の襲撃を受けて」
「──!」
昔語りの聴衆と化した配下達は、この呆気なくも悲しき恋物語の結末に言葉を失っていた。
この悲恋を演出したのは、先の戦に対する騎士団と民衆との間にある意識の格差と、総括の無き民衆の心の中に生まれた差別の意識であるに他ならぬ。無論、それを察する事の出来ぬ愚か者は、この隊には誰一人として存在せぬ。
故に、この悲劇に誰もが黙し、憐れんだ。
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