第1章

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「騎士の死によって、浮かれていた我々の目も醒め、知った──いまだに世は、あの血族の存在を拒絶しているという現実を。その現実はたった一人の騎士の婚姻如きで拭い去る事が出来るほど生易しいものではなく、解決には我々の想像以上に時間が必要なのだと」 「時間と言っても」長の隣に立つ、若き騎士が涙ながらに言った。「唯一愛した夫たる人物が死んでしまった以上、アイナ殿の血は途絶えたも同然ではありませんか!」 「途絶えてはおらぬ」 「──え?」 「既にアイナの胎内には、夫たる騎士の忘れ形見がしかと宿っていたのだ。高齢ゆえの難産であったが、人知れず無事にその子は世に生を受ける事が出来たのだ」  しかし、その祝福すべき結末は、再び母たるアイナに悲劇をもたらす事となった。  かつての国賊ソレイアの血を継ぐ人間が新たにこの世に生を受けた事。それを民衆が歓迎するはずもなく、その赤子に危険が及ぶ可能性は極めて高いと思われたのだ。  アイナを保護する騎士団は、あまりにも非道な提案を突きつける他なかったのだ。  その赤子を、西の大聖堂へと預けよ──と。 「アイナは苦悩の末に、その提案を受け入れた。そして少数の護衛と共に聖都へと赴き、自らの手で聖都大聖堂の長にして司教セティのもとへと預けたのだ。しかし、その代償は大きかった。愛する子を手放した事による母としての苦悩はなんと重き事か。あの日を境に彼女は日に日に憔悴していき、その顔から笑顔や生気は失われていったのだ。そんな彼女が今日、自ら命を絶ったのは、恐らく、その聖都大聖堂の使いと思しき僧が、預けた子に関する何らかの情報をもたらしたが為に、蓄積した心労が限界に達したのだろう」  告白は終わった。 「我々は、間違っていたのだろうか──」  長たる武人は天を仰ぎ、問いかける。  無論、それに答えを与える者は皆無。誰もが、この悲しき死に対する答えを導き出せぬ──そんな自分の愚かさを恥じた。  ただ、武人の腕の中で眠る女に向かい、心の中で謝罪の言葉を述べるのみ。  そんな中、誰かがふと尋ねた。 「今、その預けられた子はどうされているのでしょう?」  程なくして、長は答えた。 「司教の養子として迎えられたと聞く。そして十四の頃に洗礼を受け、聖職者となったとも」 「名は?」 「そう、確か──『セリア』と言ったか……」  <2>
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