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──どうして、ここにいるのだろう?
力なく横たわる少女は薄膜が張られたかのような意識の中、そのような事を考え続けていた。
辺りは漆黒の闇。昼も夜もわからぬ空間の中、時間の感覚はとうに奪われていた。
一日か? 二日か? はたまた数時間か?
このような思考をどれだけの間続けていたのか?
そんな当たり前の感覚を抱くことすら至難。
闇の住人と化した今の彼女が認識できるのは、左半身に感じる粗末な毛布と、その向こうより伝わる固い石畳の感触。
そして、頭上、背中、足元に伝わるは、同種の石畳が演出する冷たい圧迫感。
そう、少女は正面を除く五方を石造りの壁と天井、床に囲まれた狭い空間の中で横たわっていたのだった。
少女は力なく正面へと手を伸ばす。幾許かの空気の流れと開放感を感じられる唯一の方向に。
だが、その自由を求めて伸ばした手は、程なくして阻まれた。
冷たい、鉄の格子に。
「……」
力なく開いた口より声なき声が漏れる。
それが表しているのは絶望か、はたまた別の感情かは判然とせぬ。
だが、この一連の所作によって、深酒による酩酊にも似た彼女の意識の中に一つだけ確かな記憶が蘇った。
──そうだ。私は囚われの身なのだ、と。
それは、周囲を軽く視認するだけで誰でも判然となるであろう、極めて当然な結論。
だが、長きにわたる虜囚の日々の中、意識や思考を鈍化させ、自発的な思考とは無縁であり続けた者にとって、この結論に至ったという事こそが強烈な刺激と成りえた。
それは言い換えれば、光。右も左もわからぬ程に深い靄の中に彷徨う者に向かい、指し示された一条の光。
頭の中を覆い続けた霞が、僅かだけ晴れたような気がしていた。
僅かな記憶の断片、その蘇生とともに。
そうだ、私は──
慣れぬ自発的な思考に挑む。
私の名は──
蘇りかけた記憶の火種を絶やさんと、渾身の力を振り絞る。
だが、長きにわたる監禁生活の中で意味を失って久しき『自我』というものは、あまりにも脆弱なものであった。
──おのれの名すら思い出せぬ。
名とは人間がおのれの存在を定義づけ、認識するための礎たるべきもの。言わば自我の根幹に存在する概念であると言えよう。
では、自分の名を忘れた少女は今、全うな人間であると言えようか?
私は──
ゆっくりと身を起こす。
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