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そして、その両の手で鉄製の格子を掴むと渾身の力を込め、それにおのが頭を打ち付けた。
大きな音と共に、激痛が少女を襲う。
だが、この痛みが、額より流れ落ちる温かい血の感触が、少女におのれの『生』を実感させた。
幽閉の日々の中で曖昧と成り果てていた自意識の中に閃光がもたらされた。
閃光は彼女の意識の中で迸り、長きにわたり立ち込め続けていた靄を晴らしていった。
そして、遂に思い出した。自らの名前を。
おのれの経歴、来歴を。
──名はシンシア。錬金術師シンシア。
王都にて生まれ、父の影響で錬金術という学問を志したが故に市民からの執拗な差別と迫害を受け、貧民街──『区画』と呼ばれる、先の戦争における被害者、及び政治犯の末裔ら被差別者階級の者達が隠れ住む一角へと追いやられ、その事を恨み、常々、復讐心に駆られていたという事。
そんな最中、自分の前にある貴族が現れた。
その貴族の名はバルクレイ。聞けば、先々代王妃と情夫との間に生まれたのだという。
このような出自ゆえに、長きにわたり貴族としての地位は認められず、幼少期を王都より遠く離れたグリフォン・アイの街にて周囲からの蔑視に苛まれ続けた果てに、庶民に対する復讐心を抱いたに至ると。
同じだった。血統や境遇こそ異なれど、胸中に黒き炎を抱いているという点においては。
それ故、自分は彼を信じた。そして門外不出の禁忌とされてきた錬金術の知識を彼に伝授してしまったのだ。
その時は、自分が利用されているだけであるとも知らずに。
当然──いや、必然と言うべきか。その知識は悪用された。
人を魔物へと変容させるという秘術を携え、彼は復讐を果たした。
おのれの支持者を贄として、故郷を暴動の炎によって嘗め尽くさせた。
彼が如何様にして、自分が伝授した知識を利用し、それを産みだしたかは知らぬ。
恐らくは、バルクレイの背後に高名な錬金術師が存在しており、その者が開発したと考えるのが自然。
自分はその存在をぼかすために利用されたのだろう──
だが、そのような言い訳が酌量に値する道理などなく、グリフォン・アイの街が暴動の炎に包まれたのは、半分は自分の所為であるという事実は変わらぬ。
だから、償おうと思ったのだ。
被害を受けた人達に許しを請うために、自分の手で破壊してしまったグリフォン・アイの街を復興させる。
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