第1章

10/30
前へ
/30ページ
次へ
 この発言を皮切りに、強硬派の貴族、騎士、兵卒の長より次々と非難の声が上がる。 「──そもそも、王都の奪還は国体の保持のための神聖なる戦。騎士のみで行うのが当然であろう!」 「そもそも、練度の低い民兵が我々と肩を並べて戦う事など出来るはずがない。貴殿は軍事的な知識が、致命的に欠落しているように見受けられるが?」  矢継ぎ早に浴びせられる非難。辛辣な言葉の箭。  だが、老人はそれを涼しい顔で聞き入っていた。  それを見たアリシアは直感するに至る。  やはり、この反応は既に想定済みか──と。  そして、それは正鵠を射た感性であった。  一頻り、荒々しき言葉の洗礼を受け、これらが途切れかけた絶妙な時機を見計らい、老人は静かに言葉を返した。 「やはり、五十年以上も平和の時代が続くと、武人の知能も劣化してしまうのだな。わかっておらぬのは──貴様らではないか?」 「──!」  この挑発めいた発言に、強硬派は一斉に色めき立った。  怒りの色を露わとする者が殆どであり、残りは無関心を装うか、或いは老人の発言を言うに事欠いての雑言と受け取り、したり顔になっていた。  だが、老人は至極冷静。沈着な面持ちで彼らの反論に応じた。 「事実、かつての内戦時、初期から中期において頻発した市街戦では、庶民は武装する事すら許されず、自主的な避難を行うか、おとなしく戦いに巻き込まれて死ぬ以外の選択肢は存在しなかった。にも関わらず、今や市民は自分が戦禍に巻き込まれる可能性を考えず、或いは自分だけは安全圏にいられ続けられるだろうという無根拠な信仰を基に、開戦を求め、東の政権の打倒を訴えているに過ぎぬ。ならば、無理矢理にでも戦場へと連れ出し、自分達が求めていた戦というものが如何なるものであるのか──山と築かれた屍、河の如き流れる血を見せつける事、これらの凄惨な光景こそおのれが発した無責任な発言の所為で引き起こされた事を自覚させる事こそが肝要であると言えよう」 「戦闘には参加させず、従軍させ──その結果を市民の言葉によって招いたものとして、その現実を見せつけるべきであると?」 「無論」  アリシアが問いかけ、老人が頷く。 「その行為こそが、この国の将来を担う若人達への教訓となろうぞ」  次いで、老人の後ろに控えていた別の穏健派の貴族が言を継いだ。
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加