第1章

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 <1>  ここはまさに『血の海』に等しき場所であった。  ──王都グリフォン・ハート王城。  国が興されてから千余年もの間、政の中心に君臨し続けているこの場所は、貴族、豪族、閥族といった欲深き魑魅魍魎どもが日々、絶えず権謀術数をめぐらし、時には甘言、時には恫喝、時には直接的な暴力をもって政敵を陥れ、その血肉を食らい、そして啜り合う。  まさに『伏魔殿』とも称すべき愚者の宮殿であった。  そんな愚者どもが求め、夢見続けていたものが、ここにある。  ──玉座。  迷路の如く入り組んだ城内の最奥に位置する謁見の間。そこにのみ存在する唯一にして無二の、神聖にして絢爛なる椅子。  それは代々より続く、王家の血を継ぐ者達によって守られ、或いは脅かされ、そして、その足元にて数多なる命が散らされた場所でもあった。  そう。玉座が存在するこの『謁見の間』こそがまさに伏魔殿と称される王城の中でも、最も過酷にして凄惨な地獄であるとも言えよう。  そして、足元の床に敷かれた毛の深き真紅の絨毯は、長き歴史の中で数多の者達が流した血を象徴しているかのよう。  足元の床に敷かれた毛の深き真紅の絨毯は、長き歴史の中で数多の者達が流した血を象徴しているかのよう。  ──そんな、血の海の上に佇む一人の男がいた。  漆黒の甲冑に身を包んだ一人の武人。  この国の王家より要請を受け、その保護のため派遣された隣国ハイディス教国騎士団の長。  名はガルシアという。  大国の権力中枢に食い込んで莫大な利権にありつくことにより、貧しき母国の隆盛、その足掛かりとなるために送られた──言わば、金の尖兵とも称すべき人物の姿でもあった。  本来、権力に対し中立であるはずの騎士団が、東のラムイエ政権に対する不支持を表明し、西の聖騎士アリシアの側についた事により、王都をはじめとした周辺地域や集落の魔物に対する防衛力は低下の一途。東は、これらの防衛力を補うために派遣されたガルシアに対する依存度を強めていった。  謁見の間。その国における政の中枢、言わば、国の主体性の象徴とも言うべきこの場所に、外様の武人が単身で足を踏み入れる事が出来る──他国では決して考えられぬ異常事態が罷り通っている事。  これこそが『依存度』の存在、その証左であると言えよう。  黒騎士は正面を見据えた。
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