第1章

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「──慌てずとも良いではありませんか?」  黄金の玉座より、小さく笑いがあがる。  黒騎士の姿を見下ろし、軽く馬鹿にするかのような。微かに悪意を込めた声が。 「戦というものは準備に時間のかかるもの。一時の世論に煽られ、いざ戦いを始めんとしたところで準備を終えた頃には、民衆の昂りなど収まってしまう。西の聖騎士が開戦を公言しないという事は、彼女がそのような無責任な煽りの類など無視している事に他ならぬ」 「即ち、アリシアは──」 「この王都の奪還戦。それに踏み出す時機を検討している最中といったところかしら? 開戦まで暫く時間がかかりそうね」  近い将来、必ずや戦が始まる──それを予期した発言であった。  黒騎士の表情が、一際厳しいものへと変じる。 「では、我々も準備を進めねばなりませぬ。その為には──」 「ええ。わかっているわ」  ラムイエは口元に微かな笑みを浮かべ、言った。 「勢力を更に東へと伸ばしましょう。極東に至るまで。そこに位置する我が国最大の鉱山都市──グリフォン・クロウまで」 「早急に願います」  ガルシアは恭しく頭を下げた。 「戦において武具に必要な資源の確保は極めて肝要であるが故に」 「それに、エジッド銀の発掘権──でしょう?」 「……」  頭を上げようとする途中、その動作が一瞬だけ止まる。  その瞬時の所作を、図星を差されたが故とラムイエは見抜いた。  そして、彼女は続けた。 「かつての『十年政権』時代、この国に空前の発展がもたらされたのは、グリフォン・クロウの鉱脈より僅かながら採掘する事ができたがため。今でこそ鉱床は枯れてしまったと『言われて』いるようですが、当時、これで財を築いた王都の貴族たちは、この採算の合わぬと思われる採掘に関する情報を悉く奪い去り、隠蔽し、一向に手放そうとはせぬ──何か、匂うと思わぬか?」 「──御意」  ここで、黒騎士はようやく顔を上げた。  得心めいた表情を、微かに浮かべて。 「私を呼んだのは──成程。そう言う事ですか」 「ええ。貴方達には、今一度働いて頂きたく思います」  幼き女王は穏やかな笑みを浮かべ、頷いた。  そして、最後にこう付け加えた。 「あの忌々しい、女聖騎士を追い出す力を得る為に──ね」  <2>  世界の各国には、他国では決して見られぬ習俗というものが幾つも存在している。
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