第1章

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 その例に漏れず、この国にも様々なそれが存在しており、その内の一つに方角に関する俗信というものがある。  例えば『東』──東には、政の中心である王都グリフォン・ハートを擁する東方地域が存在しており、それ故に、この国の民は東を『叡智の方角』と定めている。  王城には多種多様な学術書をはじめとした膨大な数の蔵書が管理されている区画があり、それを閲覧する為には、東方の学者の子弟になるのが近道であるとして、賢者の卵たる若者たちは挙って東へと向かっていったがゆえに。  そして『西』──国の最西端には最大の宗教都市である『聖都』グリフォン・テイルがあり、それ故に、この国の民は西を『聖なる方角』と定めている。  各地に点在する神殿の礼拝堂は必ず西向きに造られており、祭壇に向かえば自動的に西に向かって祈りを捧げられる構造となっている。 『南』──この国の南側には大いなる海原が広がっており、国内で食される様々な海産物は全て、この海からの恵みであり、また、外来の珍しい品や美しい工芸品も南部の海を経由してやってくる。  それ故、民は南を『富の方角』と定めており、国内に名を轟かせる主要な商会は皆、その本部を南海に面した都市に置き、商売の拠点として周辺地域に経済の恩恵を授けている。  そして『北』──  この国の北端には、天衝く険しき大山脈が東西に連なっており、それはまるで以北の地と隔てる壁の如く聳え立っていた。  厚き雲に隠れているが故、頂の姿を拝める事は極めて稀。運よく晴れ渡った日に眺め見れば、季節問わず純白の雪化粧の施された姿を垣間見る事ができよう。  これら極寒の地獄に等しき山々を超え、以北の地を目指さんとする命知らずは皆無。  それ故に人々は、これら『北』という方角を──未踏の地を酷く恐れるようになり、いつの間にか、北の山脈を越えた先には粗野な蛮族と魔物が支配する大帝国が存在すると言った根拠なき俗説が支配的となっており、余程の好事家でなければ、北の山々に近づこうとすらせぬ。  だが──これら北の山、麓の斜面に居を構える者が僅かながら存在していた。  この国の武勇を担う、騎士たちである。  騎士とは防人。北からの恐怖より民を守る──その意思を示すため、彼らは敢えて北の地を選ぶという。  そして、そんな騎士達が好んで居を構える街がある。  その街の名は、グリフォン・クラヴィス。
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