第1章

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 その戦とは刀剣の類を用いる事もなければ、流血することもない。だが、戦う者らの神経や精神の磨り減らしていく様たるや、刀剣を用いたそれと同等。  戦場は二十人ほどが集いし一室。四方を石壁に囲まれた殺風景な室内に置かれている品は中央の大きな円卓と、それを囲むかのように置かれた人数分の椅子のみ。  彼らは二派に分かれて、互いを舌鋒鋭く論詰しあっていた。時には熱弁を振るい、時には冷淡に論を説きあうも、互いに一切譲ろうとはせぬ。  そう、戦とは論戦であった。  剣術に例えれば、それはまさに鍔迫り合いの如し。昼夜を忘れての白熱した議論は、今や並行線を辿る消耗戦の様相を呈していた。  会議の場は連日、この場にて設けられ、その度に識者や賢者、時によっては辺り一帯の商売人を取り仕切る商会の長までもが招集されていた。  論戦の題目は、この内戦を終結させるための手立てについて──言わば、東の勢力に対する武力による攻撃、その段取りについてであった。  二年前に王都で発生した政権簒奪劇による、前国王の暗殺と、ラムイエ政権の樹立。  国民が恐慌状態に陥るのを恐れ、積極的な介入を行わず、日和見を続けていた騎士団が一転、遂にこの不義の政権の打倒を目指さんとしていた。  切っ掛けは一か月前──西の騎士団に所属する一人の騎士が提出した、東のラムイエ政権に関する報告書にある。  その内容とは、大陸南東の孤島バスクにて密かに建造されていた『施設』に関するもの。  東の政権に反する思想を持つ者を捕えて幽閉し、様々な責苦を与えて抹殺、或いは洗脳を施す『施設』。そして、あろう事か政権と思想を同じくする者達に開放し、彼らが責苦を受けている様を娯楽として鑑賞させていたという事。その有様が実体験と共に克明に記されていた。  その『施設』の運営を任されていた人物こそ、かつては先王に仕え、そして二年前の一件の際、議会側に寝返り、今や現政権の中核を担う貴族の一人──プリシラ・サバス伯爵であるという事。  そう。その報告書とは、人道面における現政権の正当性に否を突きつける決定的なものであったのだ。  識者は、その報告書を執筆者の名を借りて、こう呼ぶ。  ──『ウェルト報告書』と。  報告の内容は一般にも公表され、その内容が知られるや人々に絶大な衝撃を与え、それは大多数の──王家の権力争いに無関心であった者達にも波及するほどであった。
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