第1章

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 東の政権打倒を願う若者達の声は日増しに高まり、それは志を同じくする権威者に対する支持の声へと変じていった。  その権威者こそ──今、この場に居合わせる二派のうちの一つ。騎士団、そしてこれに同調する強硬派の貴族たちである。  そして、これに相対するは老齢の──穏健派の貴族達を中心とした一団。五十余年前に勃発した内戦の痛ましき記憶を有する者達である。  一団のうち誰もが西方の各議会における重鎮の座に君臨しており、斯様な身分、斯様な経験を経た者ゆえに、その言葉は極めて重く、逸り、猛る者達を諌めるには十分にして余りある迫力を有していた。 「貴殿らの言う通り、二年前の政権簒奪劇、そして『報告書』に記された『施設』の存在。これらを鑑みれば瞭然。東の政権は国益に反する悪しきものと断定できる。この点においては我々も気持ちは同じである。だが──対応は極めて慎重に慎重を重ねた上にて行うべきだ」  穏健派の主導者と思しき男が静かに口を開く。  真白く、豊かな口髭を蓄えた老人であった。  齢八十を超えると言われる彼の眼差しは穏やかでこそあるものの、声は威厳に溢れていた。その威圧的な声を発した刹那、議論が紛糾して喧々囂々たる場内は、まるで水を打ったかのように静まり返り、誰もがその言葉に耳を傾けていた。 「最終的には武力をもっての対応となろうが、今は民衆が『報告書』の存在を知って驚き、冷静さを失って声高に戦を求めているだけ。中には過激化・暴徒化し、自分達と意見を異とする者たち、戦を嫌う穏健的な市民らに対して暴力を振るう者も現れたという。これは言わば、熱病にかかった状態よ。そんな声に煽られ、軽々に東へと攻め入っては、失うものも甚大であると言えよう」 「かつてのように──そう、仰られるのですね?」  静まり返る場内に、凛とした声が鳴り響く。  強硬派が座する側でも、穏健派が座する側からでもなく、それは議会場の最奥より発せられた。  声の主は、室内の円卓より少し離れた場所に置かれた略式の玉座──そこに座するは、帯剣し、その身に髪の色と同じ白銀色に輝く鎧に身を包んだ銀色の髪の女。  その頭には冠の類はなく、その様は王というより騎士の如き姿。  だが、穏健派の老人は声の主たる女の方を向き、まるで主君に対するかのように恭しく首を垂れた。  そして、言った。 「──左様にございます。アリシア殿下」
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