第1章

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「確かに東では思想の自由すら利かぬ重苦しい空気に満ち続けている。だが、かの地は敵対勢力が支配する地域、お前たちの訴えはさほど大きく広まってはおらぬ。だが、それも時間の問題だ。これだけ具体的な支援を約束し、呼びかけを続けている知られれば、そのうち、東から多くの難民が流れてくる事だろう」 「ええ。それこそが我々の本懐ゆえに」  男は得心して頷いた。 「それは同時に多くの民に安全な場所へ避難してもらうための誘導、即ち、本格的な戦を──東への侵攻を始める目途がついたという解釈でよろしいか?」 「機密がありますゆえ、多くを語るのは憚れますが──そう遠くない日には、と殿下はお考えです」 「そうなれば、難民の数は更に増大するだろう。そんな状況に陥ったとしても、あんた達は彼らにも同様に手厚い支援をし続けられるとでも言うのか?」  当然の疑問であった。  この度の内乱は王都における政変を発端とした、二勢力間における争いなのだ。  双方とも同じ王の血を引くとは言え、片や賤民の血を継ぐアリシアと、片やかつての国賊ソレイアの血を濃く継ぐラムイエ。  どちらの正当な王位継承者の資格がありながらも、いずれも血統上の瑕疵を有している。それゆえ両派の言い分は平行線を辿る一方。  戦いの泥沼化・長期化による戦渦の拡大は避けられぬと思われた。  戦士の言葉は、それ故の憂慮であった。  強面の男より投げかけられる視線は鋭く、これが常人ならば怯えて竦み、次なる言葉など発せられる事などできはしないだろう。  だが、数々の修羅場を潜り抜けてきたセリアにとって、このような些細な脅迫など恐れるに足らぬ。  彼女はその顔に笑みを保ちながら、穏やかな声で反論をした。 「詮無き事。これは我々が果たすべき『責任』であるが故に」 「責任だと?」 「ええ」  セリアは子供の頭を優しく撫でる。  だが、それとは裏腹、表情を彩るは極めて厳しい色彩であった。 「この戦──王位を巡る内乱の当事者と自認するアリシア殿下は、難民への支援はおのれに課されるべき最低限の義務であると仰っております。同時に殿下を支持する西方に活動基盤を置く貴族や豪族に対して、如何なる手段を用いてでも支援の手を緩めてはならぬと厳命しており、これに反した者は例外なく私財及び地位の剥奪に処すと明言されております」
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