第1章

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 <1>  古の時代。この大陸に存在する『人類』と称されるものは『人間』だけではなかった。  そのうちの一種。大陸中に点在する原生林、その奥地に住まい、自然の理そのものを信仰の対象としていた種族が存在していた。  今は失われし、森林と自然の民。エルフ。  約二千年前、このエルフに関して記された伝承の中には、彼らが発したとされる、ある言葉が存在していた。  ──『それ』は即ち、大地の傷である、と。  自然の理を知らぬ不心得者によって踏み固められた筋状の土塊。砂塵に塗れた根と葉と茎は二度と息を吹き返す事はない。  嘆かわしき事に、その傷は彼方此方に無数に存在しており、その様は縦横無尽。粗雑に編まれた網目の如し。  平地に、草原に、森林に──深緑で覆いつくされた地を幾重に、大胆にかつ繊細に分断しているかのよう。  まさに自然に対する冒涜、その象徴であるのだと。  しかし、別の時代に生きた、とある劇作家はこう言う。  ──『それ』は歴史という舞台の、最も有能にして物言わぬ演出家であるのだと。  大陸に文明が拓かれると『それ』は時の権力者によって整備が施され、より多くの人や物が、徒歩で、或いは荷車や馬車で行き交う事が可能となり、文明の発展を支える基となったという。  草原に野花が咲き誇る春には、夢と商機を求めた豪商らが隊商を率いて新天地を目指して歩を進め、これらが枯草色へと変じる秋には勇猛な武人が防衛拠点へと馳せ参じるべく馬を駆り、白雪に覆われし冬になると、若く敬虔な神の信徒が聖職の正式な構成員となるべく巡礼の旅の為に利用する。  そう。『それ』は季節や時代、社会の情勢によって目まぐるしく役割や姿を変え、人々に様々な恩恵を──喜劇や悲劇を与え続けるのだと。  そして現在。人は『それ』を、こう呼ぶ。  ──道、と。  そして今日も、忌まわしき大地の傷跡の上を、誇り高き歴史の舞台の上を静かに歩む者が現れた。  そこは、とある平原の路上。主要の集落から遠く離れた街道。見晴らしの良い地形ゆえか、魔物の類は少ない比較的安全な道。  歩むは旅装束の一団。  数はおよそ十余名。殆どは女子供。男と思しき姿は僅かに五つ。そのうち、荷を積んだ車を引いている者が四。  そして残る一人は、一行の護衛と思しき武装した戦士であった。
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