第1章

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 彼らは皆、一様に無口。まさに疲労困憊といった様相。旅慣れぬのか、或いは車に積まれた荷の重さゆえか、はたまた別の理由ゆえか、足取りは重く、歩みは遅々としたもの。  時は黄昏。草原の小道が朱の残照に染まりし刻。旅装束の集団のうち、女と思しき一人が、戦士の元へと歩み寄っていく。  彼女は一瞬の逡巡の後、戦士に向かい深々と頭を下げた後、その重い口をようやと開いた。 「──戦士様。申し訳ございません」  彼女が発したのは謝罪の言葉であった。 「我々には、これ以上貴方を雇い続けるほどの持ち合わせがございません。本来ならば到着先にて如何なる手段を用いてでも工面し、お支払いするのが筋でありましょうが──『追放者』である我々には、そのような手立ても、換金できる金目の物の持ち合わせもありませぬ」  強面の戦士は、その言葉に眉一つ動かす事はなかった。背負いし大斧の刃が、陽光に反し、血の色にも似た光を放った。  女は一瞬、身を固くした。先行する旅仲間──いや、追放者仲間も立ち止まり、振り向いては、半ば無気力な、半ば心配めいた視線を投げかける。 「──『東西境界線』まで、十日間の護衛の契約だったな」  戦士は静かに口を開く。 「そして今日が契約の最終日。だが、目的の境界線まで恐らくあと一日といったところか。夜を徹して歩いたとしても契約期間までに間に合うとは思えぬ。本来ならば、ここで契約は解消して別れるべきなのだが、どうも今の──境界線の『東』は居心地が悪い。俺自身も一刻も早く西側に抜けてしまいたいと思っている」 「では──」  その言葉に、女は思わず頭を上げた。  彼女の視界に、強面ながらも人懐っこい笑みを浮かべた戦士の顔が飛び込んでくる。 「割の悪い仕事だ。だが、今の東、特に王都の惨状を鑑みるに、お前達の準備の悪さばかりを責めるのは余りにも酷な話──仕方ねぇ、境界線までは面倒を見てやる」  粗雑な物言いあれども、温情に溢れた言葉であった。  女は戦士の優しさに胸を打たれた。涙に咽び、深々と頭を下げては何度も何度も礼の言葉を述べた。  先行する仲間たち──男も女も子供たちも同様、この粗野な男に向かい、深々と首を垂れては、まるで聖職者が神に礼拝するかの如く、幾度も幾度も感謝の言葉を口にする。
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