第1章

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 不満を漏らして何が悪い──言い捨て、その男は拳を震わせる。  女は彼が落ち着くのを見計らい、暫くの後、彼女は戦士に向かって頭を下げ、場を乱した事を詫びた。 「密告者の事情は様々です。目先の金の為に致し方なく隣人を売る者もいれば、現政権を狂信的に支持し、これに反意を有する者を炙りださんと積極的に奔走する者もいます。斯くして我々は王都の現状に失望し、同様の事情を抱える人達と力を合わせて西へと流れる事を決断した次第であります。政権派の人達は以前から『反対派は王都から出ていけ』と強弁し、煽り立てておりましたから」 「だったら俺の方から捨ててやるさ、あんな土地など──かつては誇りとすら思っていた王都だったが、そこに住まう民草や貴族の醜悪さを見てしまった以上、もはや愛郷心の欠片も残ってはいないさ」  女の言葉に誘発されたかの如く別の男が吐き捨てた。 「──東の奴らはアリシア殿下を『悪魔』と罵っているが、ならば俺は喜んで、その『悪魔』に魂を売るさ。殿下には是非とも王都を攻略し、あの腐った地を浄化して頂きたい」  まるで各々の言を継ぐかの如く、口々に東の政権に対する怒り、怨嗟の声を語りだす。  強面の戦士は、自分の頭は然程良いものではない、愚鈍であると自覚している。しかし、そんな戦士の耳にも、しかと聞こえていた。  彼らの怒りの声に乗って──東の政権、その崩壊の音が。  人間というものは元来、極めて愚かな生物である。  各々が各々、多様な事情を有するがゆえに、異なる意見や意志、利権やしがらみを持つのが常。互いが衝突した時、激しく争い、時には命を奪い合う。  長きにわたる人の歴史の中、そのような悲劇の例など枚挙に暇なく、その度に人は死に、社会は疲弊していった。  故に言論という概念が生まれた。異なる意見を集約し、議論を重ね、擦り合わせを繰り返し、理知的に解決・昇華していくための先進的な仕組みが。  だが、東の現状とは、まさにその真逆。  反論を悉く封殺し、文字通り排斥を行っている。  多くの悲劇を、数多なる流血を経て構築した仕組みを否定し、破壊し、元の愚劣だった──原始的な頃に戻ろうとしている。まさに歴史に対する冒涜。犠牲になった先人に対する不敬極まりなき行為であると言えよう。にも関わらず、東方の政権はこれを是としている始末。
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