第1章

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 ──そして、そんな歪み切った思想が、権力者によって一方的に押し付けているだけの話だとしたら、まだ幸せな話だっただろう。  民には権力者に異を唱える権利がある。あわよくば一致団結し、そんな悪辣な連中を権力の座より引き摺り降ろす事も可能であるのだから。  だが、現実は限りなく非情。  事もあろうか民の一部が、これら権力者に迎合。民衆同士で牽制しあい、反意のみならず自由な思想すらも封殺しあう風潮を作り上げてしまったのだった。  最早、その体は亡国の危機に瀕したそれ。  戦士は、これこそが東方地域全体に感じていた息苦しさの正体と結論付けた。  そして、目の前の彼らはその被害者である。  故郷に残り続けていれば今、こんな苦労をせずに済んだだろう。  考える事を止め、異を唱えるべき場面で自分の口さえ塞いでしまえば、たとえ息苦しくても、ある程度は楽で安定した生活が送れていた事だろう。  だが、彼らはそれを選ばなかった。全てをかなぐり捨ててでも、彼らは人間としての思考の自由を求めたのだろう。  それは何の後ろ盾もない、一般の市民達にとってはとても勇気のいる選択である。  戦士は心の中で、この勇気ある弱者たちに敬意を表した。  そして、再び歩みを始める。そんな弱き勇者たちを守るために。  女も、子供も、先ほどまで無念に涙していた男達も、何も言わず彼の後に続く。  気持ちは皆、同じだった。  少しでも遠く離れたかった。  誇りを失い、天より堕ちた都──王都グリフォン・ハートから。  かつては気高き気風と、豊なる生命の芳烈に満ち溢れていた、昔日の栄華の地から。  追放者の旅路は、更に丸一日を要した。  旅慣れぬ女子供連れの者達にとっては、あまりにも過酷な行軍であった。水も食料も尽き、命そのものを消費しながらのそれは、まるで一瞬が永遠と思えるほどの錯覚を覚えるほどであった。  しかし、生存への意志、未来への希望は一度たりとも萎える事なく、王都からの逃走より数えて十一日目の夕刻、戦士と追放者の一行は遂に東西の境界線へと足を踏み入れようとしていた。  彼らの目の前に聳えるは、街道上の門。  まるで砦の正門の如き様相であった。  左右には、天を衝くかのごとき物見櫓と果てしなく続く壁。まるで大陸中を二分しているかの如きそれは、まさに東西の対立、隔絶の象徴であるように見えた。
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