第1章

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 眼前の女はそれを有するに相応しき使い手であるのだろう。それ故の余裕であり、自分の容貌に臆することなく声をかける事ができたのだ。  戦士はそう結論付けた。  敵意の欠片すら伺えぬ、だが、戦士は身を強張らせる。  それは手練の存在を前にしての、戦士の本能であった。 「──貴方は?」  問うたのは戦いの素人──そのような感覚とは無縁の者たる逃亡者の一人であった。  黒髪の尼僧は言った。私はこの難民野営地を管轄している者たちの協力者であると。  そして、彼女は名乗った。  セリア──と。  ソレイアの孫娘にして、今は亡き司教セティの養女。西の勢力の総大将アリシアに仕える尼僧である、と。  <2>  石造りの館。その二階。  会議用の部屋なのだろうか。中央には大きな円卓と、それを取り囲むように配置された椅子が備えられており、更にそれを囲むかのように、四方の壁際には傍聴者用のものと思しき座席が並んでいた。  東からの難民一行をこの部屋に通したセリアは、壁際の席を彼らに勧めた。そして、全員が座り終えたところを見計らい、静かに口を開く。 「まずは、貴方達の勇気ある判断と行動に敬意を表し致します。そして、本来ならば東にて差別と迫害を受けている貴方達を一刻も早く保護せねばならぬところ、我々の未熟さゆえ、このような苦労をおかけしました事を、アリシア殿下に代わり心からお詫びいたします」  そう言い、一礼する。  尼僧が最初に口にしたのは、称賛と謝罪の言葉であった。 「アリシア殿下は貴方達の英断に敬意を表し、その証として安全な場所での住居と仕事の保障、そして、当面の糊口を凌ぐために必要な金銭を提供すると仰せです。我々の力不足ゆえ、これらの内容が貴方達の希望に完全に沿うものではないかと思いますが、今は有事における急場ゆえ、何卒ご容赦を」  住居に仕事、そして当面の生活資金。  これらは新しい生活を始めるのに最低限必要とされるものである。  無論、食うのがやっとな庶民にとって、他地域での当てなどあるはずもなく、そういった保障の不安定さが、彼らのような善良なる市民の逃亡を妨げる最大の要因となっていた。  そんな彼らの心を、まるで見透かしたかのような心配りに、彼らは感動し、歓喜させた。
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