第1章

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 ある者は神に感謝の祈りを捧げ、またある者は、この西の地の指導者に対する忠誠の言葉を述べ、そして、またある者は「我々の窮地を熟知するが故の高度な政治戦略だ」と、アリシアの手腕を高く評価した。  だが、セリアは横に振り、彼らが最後に述べた評価を即座に否定した。 「我々が事実として把握しているのは『東ではアリシア殿下の支持者に対し、差別と迫害を強いている』この一点のみ。貴方達が、その街以外において生活の場がない事を知った上で『不満ならば街から出ていけ』と追放を強いている。そういった類の無理難題を吹っ掛けて、反意を持つ者を委縮させるといった手法を用いているといったところでしょうか」  だが、救いの手を差し伸べる理由としては十分──  セリアは語り、難民らに真摯な眼差しを向けた。 「我々は、その現状を常々憂いておりました。貴方たち国民が思想の自由も許されぬ東の地にて窮屈な生活を強いられるならば、東から追放されても困らぬよう西側にて生活の場を提供し、心置きなく自由な意思のもと生活を営ませるべき。そのような人道的な意志のもと、アリシア殿下以下、騎士団、神殿勢力、それを支持・支援する貴族や豪族らは一丸となって難民の受け入れを呼び掛け、こうして門扉を開いているのです」  慈愛に満ちた言葉であった。  艱難辛苦に喘ぎ続けた難民らにとって、眼前の尼僧の口を介したアリシアの温情、手厚い支援の約束こそ、長きにわたって渇望し続けてきたもの、そのものであった。  セリアは立ち上がると、彼女の近くにて首を垂れて涙する子供の元へと歩み寄り、そのか細き身体を優しく抱きしめた。  その姿に誰もが目頭を熱くし、涙に咽び、詰まる声を振り絞って、感謝の言葉を口にする。 「随分と手厚い支援だと感心する。その志はご立派だと思うがな」  誰もが嬉し涙を流す中、そんな彼らに冷や水を浴びせるかのような冷静な言葉が投げかけられた。  刹那、感涙の気配に満ちた場は急冷する。  顔を伏せていた男は、まるで夢から覚めたかの如く頭を上げ、滂沱と涙を流していた女子供は、その涙をぴたりと止めていた。  ──発言者は、逃亡者らを率いてきた強面の戦士であった。
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