第1章

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 井野の合図で留学生が入ってきた瞬間、教室は黄色い声であふれかえった。文句なしの美青年だったのだ。  猫っ毛の髪は漆のように黒く、いかにも外国人といった顔立ちは白くも彫りが深くて雄々しい。脆さなどとは縁が遠く、むしろ頼ったら応えてくれそうな安心感を与えられる。 「ギリシャから来た、雷 雄希です」  流暢な日本語にみんなが目を丸くする。名前も日本人のものだ。 「え、日本人なの?」 「祖父が日本人なので、日本語はしゃべれます。僕の名前は日本人が発音するには難しいので、日本人名で自己紹介したほうが早くてわかりやすいかと思って」  そっか、と井野は納得した。  生徒のようにはしゃがないのは、自身が婚約中だからだろう。  他の女子と同じように、美奈は見目良い留学生に心をときめかせていた。だから、雄希が彼女を見ていたことには気づかなかった。 「わかっちゃいたけど……」  琴音が言った。その視線は彼と昼食をとろうと群がる女子の山に注がれている。 「すごい人気だね、あの留学生も」 そうだね、と美奈も相槌を打つ。  雄希は美奈の後ろに席を作り、そこに座ることになった。その美奈が席を追い出されるほど人だかりが出来ている。  ホームルームが終わったあと、一・二時間目では体育会系男子もびっくりの運動神経を披露。三時間目の物理では電流の知識で先生を言い負かし――先生の専攻は遺伝子関係だと美奈は記憶しているので、さすがに少し先生が気の毒だった――四時間目の現代文も難なくクリアした。つまり、頭脳明晰・運動神経抜群なのだ。  美奈は学食へ向かうべく歩き出した。 「完全にチートだよ、チート。あれで社長の息子とかナシでしょ」  日本で言えば東証上場レベルに大きな観光会社の社長の息子なんだそうだ。天は二物を与えず、なんて絶対嘘だ。  弁当を持った琴音が困った表情を浮かべた。  「私は……どうコメントすればいいの?」  美奈の口から、あ、と言葉がこぼれ出た。琴音も似たようなものだった。  彼女の親は公務員と専業主婦でぱっと聞くと普通に聞こえるが、母親の実家がすごい。なにせ、琴の家元なのだ。その上、母親の姉の夫――琴音から見れば義理の叔父である――はこの学園の理事の一人ときている。  「……ここにもう一人チートがいるんだった」
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