第1章

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 兄の質問に聖香が答える。バリバリのキャリアウーマンで留守にしがちなのに、学校からの手紙はちゃんと読んでいるらしい。 「何かあったら言ってな、美奈」  兄、侑佑が美奈の頭にぽんと手を置く。小さい頃と同じ仕草だ。 「もう、侑佑は美奈を甘やかしすぎ!」  聖香が注意し、だからわがままになったんだとかあれこれ嘆く。 「……殆ど娘のことなんか見てなかったくせに」  美奈がそう呟くのも無理はない。  聖香は美奈が保育園に行ける頃から職場復帰し、それからは侑佑に五つ下の妹――美奈のことを任せっきりだ。 「美奈……!」  だってそうでしょ、と美奈は涼しい顔だ。  専業主婦というポジションが聖香の性に合わなくてストレスを溜めてしまったのが原因なのだが、今も昔も娘にはわからない。美奈からしてみればそれが全てである。 「今日食べに行くのだってお母さんの稼いで来たお金なんだよ。嫌だったら降りな」 「はぁ? 私を犠牲にして得たんでしょ。だったら私も行くのは当然だよ」  侑佑の手が鋭い音を発して二人をさえぎった。 「母さんも美奈もそこまで。もうすぐ着く」  美奈と聖香の空気が険悪になってくると歯止めをかけるのは侑佑、あるいは父である透の役割だ。東家では男性陣が潤滑油として重要なポジションを担っている。  侑佑の言葉どおり、車は目的地の目と鼻の先まで来ていた。駐車場に車を止めて、四人は店へ入った。 「で? 美奈」  席について注文が済んだ後、透が美奈に聞いた。 「学校や留学生はどうだった?」 「ん?、雄希君についてはよくわかんない。女子の人気は高いけど」  前に座っている関係で授業のことを色々聞かれることは多いが、まだプライベートなことを聞かれる機会はない。そういう質問をされるべき休み時間は常に人だかりを避けるのに精一杯だった。 「いや?、そうだろうね。一言二言話した感じではすっごくいい子だったし、あれは女の子もほっとかないわ?」  どこかうっとりした声で言うのは聖香だ。  美奈もうかうかしていられないわよ、だの、あれぐらいいい子を捕まえなさい、といった言葉にはこっそり耳をふさぐ。 「母さん、そんなこと言ってると父さんがさびしがるよ」  そうだなぁ、と透が冗談半分に泣く真似をする。 「育ちはよさそうだし、あの分だと美奈に嫌がらせするような心配は要らないだろうが……。人は見かけによらん。気をつけろよ」 「うん」
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