第1章

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「『誰っ?!』はないだろう、東。あまりの暑さにボケたか」  女性のわりに高い身長とショートボブは美奈たちの担任に他ならず、彼女はノリ突っ込みとかっこよさで定評があった。  余談だが、女子高にいようものならバレンタインチョコの大漁は間違い無いけれども、残念ながら男子多目の共学の高校に通っていたという。当時のバレンタインについては一切口を割らないので、ひょっとすると男子よりも多かったのではないかともっぱらの噂だ。 「いやですね、先生。美奈なら年中ボケているじゃないですか」 「ふむ、それもそうか」  琴音もけっこう毒舌というかキツイ台詞を言うところがあり、井野がすんなり同意したので美奈は思わず慌てた。 「いやいや、二人とも?!」  手を止めている三人に掃除を再開するよう促し、井野は慌てる美奈を盛大にスルーした。 「ところで、雷」 「はい?」  美奈と雄希が反応した。  文字こそ異なるものの、美奈も雄希も「あずま」姓だ。  それに気づき、紛らわしいな、とばかりに井野は苦い表情を浮かべた。 「雷 雄希。梅咲とは家が近いのか?」  近くはないが通り道だという雄希の答えを聞き、それならプリントを届けて欲しいという話になって井野は職員室へ引き返した。 「じゃあ、先生が戻ってくる前に掃除を済ませましょうか」  と言っても、人数が少ないせいで簡易清掃にしてもらえたので、机の整頓をしてゴミ箱の中身を一階の用務員室前へ捨ててくるだけである。 「じゃ、言い出しっぺの琴音、ゴミ捨てよろしく?」 「ええっ?!」 「いいの? 送ってもらっちゃって」 「いいよ。どうせ帰り道だし、二人共、このあたりの道はわかんないだろう」  雄希の言葉に美奈と琴音は首肯するしかなかった。  琴音がお見舞いの話に加わっていたことから、井野は、彼女は学級代表として同級生を案じていると勘違いし、何故か琴音も梅咲の見舞いに同行することになってしまった。美奈が来たのは、流れというか場の雰囲気である。  そして梅咲家に到着したものの、祖母しかおらず、母親と本人は病院に行っていて留守だった。通院となると仕方がないので、三人はプリントの入った封筒を祖母に言付けて帰ることになった。  美奈はこのあたりに来た事がなかったため、先ほどの雄希の言葉はとてもありがたかった。 「ところで……唐突なんだけど、二人共、ギリシャについてどういうイメージを持ってるかな」
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