初めてのキスは、涙の味がした。

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スクリーンの中で、男が独り、駅のホームで電車を待っている。 彼が向かおうとしているのは、恋人が住む街。 けれど彼は、電車以外の何かを…… 誰かを、待っているようで、ずっとホームの階段に目を向けていた。 スクリーンが、階段を見つめる彼の姿を、真正面から映し出す。 冬風に粉雪が吹き込む寒いホームで、彼はマフラーも巻かずに、スクリーンの向こうからこちらをずっと眺め続けていた。 私は、その視線に耐え切れず、スクリーンから目を伏せて、私の首に巻かれた青いマフラーに首を埋めた。 それは、私が量販店で適当に選んだマフラー。 なのに、彼の一番のお気に入りになったマフラー。 巻き方も知らない彼に、私が巻いてあげたマフラー。 その彼が、寒そうにしていた私に巻いてくれたマフラー。 映画館の中は暖房が効いて暖かくて、隣に座るテトなんかはノースリーブのシャツにミニスカートなんていう露出の多い格好で平気な顔をしているのに、 私は、このマフラーを解くことが出来ないでいる。 このマフラーの温もりから、離れられないでいる。 映画館の中に、電車の到着を告げる駅のアナウンスが響き渡った。 ホームに電車が滑り込んできて、そのドアを開ける。 車両から降りていく人々、車両の中に留まる人々、けれど、乗る人はいない。 降りた人々がホームから立ち去ってしまった後も、彼はホームに独り、立ち続けていた。 「ばか……」 私は、マフラーの中で小さく呟いた。 「その電車に、乗らなくちゃいけないんでしょ?」 彼は、乗らない。 発車のベルが鳴り、ドアが閉まった。 「……ばか」 もう一度つぶやいて、でも、そのことに少し安堵している私がいて、そんな自分を嫌悪する。 私の隣で、テトが大きく溜め息をついた。 テトは残り少ないポップコーンを一掴みで頬張って、それをコーラで流し込むと、カップに残った粉を逆さに振り向けて口の中に落とした。 ついでにおまけで指まで丁寧に舐め取って、そして―― 「つまらんっ!!」 カップが、投影機の光の中を、大きく弧を描いて飛んだ。 スクリーンいっぱいに黒い影が現れ、それがみるみると小さく縮んでいき、その収束点にカップがぶつかって銀幕をかすかに揺らした。 映画館の中に、カップがステージ上に落ちる乾いた音が響き渡る。
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