初めてのキスは、涙の味がした。

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「なんてつまらない物語だ」 テトが立ち上がりながら言った。 「あらすじは陳腐で、演出はありきたり、さらに展開はあくびが出るほど遅いときている。まったく、気に食わないな」 「………だったら、観なけりゃ良いじゃない。アンタには関係ないんだから」 「そういう態度が、一番気に食わないんだ」 テトは私を見下ろし、睨みつけ、そして目の前の座席を足場に力いっぱいジャンプした。 投影機の光の中に飛び込んだ彼女の背から、黒い大きな翼が左右に拡がり、その羽ばたきが真下にいる私の髪を揺らす。 ポップコーンのカップ以上に巨大な影をスクリーンに映しながら、テトはステージ上に舞い降りた。 「ミク!」 黒い羽を拡げたまま、テトは観客席に座る私を見上げた。 「君はいつまでそこに座って観ているつもりなんだ。君はこの物語のヒロインじゃないのか!?」 違う。 私はマフラーの中で唇を噛み締めた。 私はヒロインなんかじゃない。 ヒロインには、なっちゃいけなかったんだ。 「意気地なし!」 バン、とテトが後ろ手でスクリーンを叩いた。 「実に女々しい奴だな、君は!」 「当たり前じゃないっ、私は女よ!」 「女は度胸!!」 思わず叫び返したら、すぐに言い返された。 「度胸も胸もない君に、女を名乗る資格は無いッ!」 「胸は余計だぁッ!」 ちっくしょー、私よりちょっと大きいからって、人を全否定しやがって。 むかっ腹が立ったので、私も座席を蹴り上げて、彼女に向かって飛びかかった。 背中に白い羽を拡げ、ステージに向かって跳躍する。 テトは黒い羽を羽ばたかせて、空中に逃げた。 そのまま高い天井に逆さまに着地して、その真下のステージに降り立った私を、見上げるように見下ろした。 「なんだ、意外とまだ元気があるじゃないか」 「アンタの安い挑発に乗ってあげただけだからね。感謝して欲しいわ」 「それは恩着せがましく、ありがとう。ついでにその元気で、この物語を進展させてくれるとありがたんだけどね」 「そんなの……、アンタには関係ないじゃない」 「関係あるさ」 テトが、逆さまのまま、スゥッと降りてくる。 そのまま私の正面までくると、目と目を合わせて、彼女は言った。 「同業者で、友人でもある君が、いつまでもそんな辛い顔をしているのは見たくない」
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