初めてのキスは、涙の味がした。

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イルミネーションに輝く街角。 コートの襟元から忍び入る冷たい冬風に、彼女は身をすくめて、両手を口元に当てて白い息をハァと吹きかけた。 いつもは雪のように白いその指先が、今はかじかんで赤く染まっている。 傍らにいる彼はそれを見て、自らの首に巻いていたマフラーを解き、そして彼女の名を呼んだ。 ――どうしたの? 振り向き、彼を仰ぎ見た彼女の首に、彼はマフラーをそっと巻く。 すこし恥ずかしそうに俯く彼女。 彼は、少しだけ迷った顔をして、けれどすぐに、彼女の冷たい手を握った。 ――え…? 冷たい彼女の手を、彼は自分のコートのポケットに導いた。 ――…暖かい? 彼の言葉に、彼女は、 ――……うん。 と頷いた。 ――良かった。 そう言って笑う彼の手の中で、彼女の冷たい手に温かな血が通っていく。 それは彼の手の温もりと、そして彼女自身の、駆け足で鳴り響く心臓のおかげ。 ――あ、ありが…と…… ――どういたしまして。 彼は何でも無いようにそう言って、彼女に合わせて歩幅を縮めた。 肩と肩を寄り添わせ、ゆっくりと歩く彼と彼女。 ポケットの中で繋いだ手と手の間で、二人の温もりが行き交い、溶け合って、混じり合っていく。 それと一緒にお互いの気持ちさえ相手の心に伝わっていきそうで、 それが、恥ずかしくて、 でも、嬉しくて。 ……でも、少しだけ怖くて。 少しだけ、悲しくて、哀しくて…… 二人は、お互いの顔を見ることもできずに、言葉もかわせずに、ただ手のぬくもりを感じ合っていた。 その温もりにもしも名前があるのだとしたら、それはきっと、恋と呼ぶのかもしれない。 けれど、それを口に出してしまったらきっと、二人の今の関係は変わってしまうかもしれない。 どちらかがこの気持ちは違うと言ったら、離れてしまう。 でも、どちらも同じ気持ちだと言ったら、きっと手の温もりだけじゃ我慢できなくなる。 腕を絡ませ、肌を合わせ、唇を重ねて、互の全てを感じ合い、奪い合い、捧げ合いたくなってしまう。 それを強く望んでしまっている自分の心を、認めてしまうのが怖くて、二人は歩みを止めぬまま、黙って街の灯を眺め上げた。 空は暗く厚い雲が立ち込めていて星も見えないけれど、まるで地上の星のようなネオンがまばゆくて、二人は目を細めた。
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