初めてのキスは、涙の味がした。

3/18
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/21ページ
地上からの光に照らされて闇を濃くした夜空から、ひらり、ひらり、と白い氷の結晶が音もなく落ちてくる。 彼女は舞い落ちてきた粉雪を、繋いでいない方の手で受け止めた。 小さなその欠片は少しだけふわふわと手の上で揺れていたけれど、すぐに彼女の体温をわずかばかり奪い取って、形を失い消えていった。 手の中の雪を見つめる彼女の長い髪に、まつ毛に、細やかな雪が降り注ぎ、その姿をうっすらと白く染めようとして、でも、それもかなわずに消えていく。 彼はそんな彼女を見ながら、その雪がまるで自分自身の心のようで、 彼女を心のままに染め上げてしまいたいけれど、そうできない、そうしてはいけない、その矛盾と哀しみのようで、 彼はそっと、彼女から目をそらした。 そんな彼の横顔を、彼女が見上げた。 彼の目が、少し前まで自分に向けられていることを、彼女は知っていた。 あと少しだけ早く顔を向けていれば、彼の視線を捉えることができたのだろうか。 その瞳を見つめることができたのだろうか。 でも、そうできたのに、そうしなかったのは彼女自身だった。 恋しくて、恋苦しくてたまらないのに、この恋に身をゆだねてはいけない。 今の繋がりあった手でさえ、近づきすぎてしまって、本当は振り払わなくちゃいけないのに…… でも、どうしようもなく傾き惹かれてしまったこの心が、二人を今の距離につなぎとめ続ける。 想い合う二人のあいだに赤い糸があるのなら、それをつなぐのは恋の天使の役目だろう。 だけど、 けれど、 だからこそ、 恋の天使は、恋に溺れてはいけない。 恋の天使は、決して恋をしてはいけない。 それが彼女たちに定められた、神様にだってどうにもできない、掟だった。
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!