第11章

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振り返り目の前に立つ人物を見て、思わず口がニヤつく。 「…よう」 そう。なんたって、立っていた人物こそ丁度俺が用のあった人物だったのだから好都合。 効率よく目的が達成でき、ニヤつく俺の顔を見て、あからさまに嫌そうな顔をしながら、手に持った箒と塵取りを小脇に置き小さく一つ溜息をつくのは今まさに俺が入ろうとしていた目の前のバー【inCOMPLETE】のマスターこと、藤見悠仁だった。 「どうしたんだい?最近よく来るじゃないか。君が僕にそんな用があるなんて珍しいね」 本当はうざったいだろうに、顔を上げれば胡散臭い笑顔を貼り付けたような顔でそういうもんだから、コイツは全く皮肉屋だ。 こんな仮面みたいな笑顔で客が集まってくるんだから、伊達に顔が整ったオッサンじゃねえなと思う。 「今日は俺の用事じゃないんでね」 皮肉には皮肉で返す。俺のその意図が分かっているくせに、惚けるように空を見上げ「うーん?なんだろ…」とか呟くのはマジでムカつく。 思わず舌打ちをした俺に、困ったような顔で頭を掻きながら藤見は近づいてきてそのまま店のドアを開けた。 「もう…分かったって。とりあえず、中、入りなさい」 俺にそう中に入るように促しながら、ちゃっかり吸い殻を拾い上げる藤見はそのまま閉店して真っ暗な室内を慣れた様子に進んでいき、カウンター席の照明だけ点けた。 コイツ、本当には性格悪いな…。 この店は、マスターであるコイツ自身のこだわりでアンティークのテーブル、椅子を使ったり照明も小洒落た外国産のやつだったりするんだが。 どれも見た目がオシャレでバーの雰囲気に合うことはいいのだが、やれ豪華な装飾やら猫足やらで決して広くはない室内が歩きづらくて敵わない仕様になっている。 その上での敢えて、一番奥のカウンター席の照明しか点けないという行為、さも俺に家具にぶつかってしまえという嫌がらせにしか思えない。 テメーになんざ、俺も極力会いたくねえよ。 とは、口にはしないし、そんなことを言おうもんならわざわざここまで来た意味がなくなるから堪えるが…。 小さな嫌がらせはこの際忘れることにして、俺は奥の席に座る。 カウンターを挟んで藤見が、手を拭きながら此方を嫌そうに見ていた。
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