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ひとひらの追憶
俺の横を、犬に引かれて少女が通り過ぎていく。屈託のない笑顔は犬に向けられているのは理解できるが、それをどこか受容できない自分もいた。
「待ってよマロー!」
あの柴犬は眉毛のような毛並だからマロという名なのだ。彼女は俺の事を知らないだろうが、俺はそんな事まで知っている。俺は冷たい木枯らしにより巻き上がる枯れ葉を見て、想起せざるを得なかった。
彼女は去年の今頃、交通事故に巻き込まれて入院した。奇跡的に命に別状はなかったが、頭を強く打ったらしく、記憶の一部を失ってしまったのだ。そしてその記憶の中には、俺との愛しい時間も含まれていた。彼女はその愛と青春の日々を忘れ、思い出せたのは愛犬の名前だけだった。
時間が解決してくれるのを待つしかない俺は、無力さを噛みしめながら秋晴れの空を見上げて呟いた。
「…秋空みたいに、記憶喪失も気紛れだったら良いのにな」
秋風に乗って、鳩が数羽舞い上がった。
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