第零義 僕の物語

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何て薄情な人なんだ。 僕は兎も角シルビアちゃんにまで恥をかかせても良いと言うのか。 色々な意味で注目を集めているこの場で事がスムーズに運ばず滞ってしまったら、 緊張と焦りの余りシルビアちゃんが泣き出してしまうかもしれない。 そうなったら、人生の華場である結婚式がトラウマになる事必至だ。 そんな事になったら、レオンさんの結婚式に乗り込んで無茶苦茶にしてやる。 尤も、僕がしなくても他の女性がしてくれそうだが。 「サガさん、左手を。 私がリードしますので。」 レオンさんへ呪いの眼差しを飛ばしていると、 面倒見の良いお姉さんのようにシルビアちゃんが援護艦隊を出してくれた。 言われるままに左手を差し出しそれを左手で受け取ったシルビアちゃんは、 肘が直角に曲がるように優しく腕を引き寄せ右手に持った指輪を僕の薬指に嵌めた。 力み浮腫(むく)んだ指に適正サイズの指輪を通すのは少々難しく手間取るはずだが、 指輪の内側にパウダーのような物を予め付けていてくれたようだ。 導かれるように、指輪はスルリと僕の薬指に納まった。 「ではサガさん、私にもお願いします。」 「う、うん。」 実演してもらった通り自分の左手を台にしてシルビアちゃんの左手を乗せ、右手に持った銀製の指輪を薬指に嵌める。 ピンと伸ばすのではなく、指先の力を緩めた薬指に指輪は無理なく入った。 「つ、次はまさか─────────」 多少焦りはしたが大きな失敗は無く無事指輪交換を終えられた。 しかし、指輪交換が終わったならば次に来るのは当然。 「ベールを上げて下さい。 誓いのキスを。」 来てしまった。 結婚式のフィナーレ。 招待客の注目とボルテージが最高潮に達する最大のイベント。 人生の華場のクライマックス。 誓いのキス。 衆目に熱い接吻を晒す罰ゲームのようなイベント。 僕の生まれた場所では、人前でキスをする文化なんて無いのに。 「サガさん、手の甲でベールを押し上げて下さい。」 思わず抱き締めたくなる距離まで近付いたシルビアちゃんは、 ベールを外し易いように片足を下げ頭を垂れた。 「そのまま、背中まで下ろして下さい。」 ベールが退けられ、キレイな化粧が施されたシルビアちゃんの素顔が露となる。 ベール越しでも分かったが、やはり外すと一段可愛いものだ。
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