第零義 僕の物語

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僕は一体どれだけ長くシルビアちゃんに見惚れて首に手を回されたままだったのだろうか。 気まずそうに視線を泳がせ、後ろ髪を掻きながらこの騒動の終演を促した。 「そ、そうですね!!」 現実に引き戻されると今の自分の状況が途端に恥ずかしくなり、 強引にシルビアちゃんの腕の拘束を解いて先程レオンさんに渡された紙を取り出した。 そして、唱えた。 意味を成さない文字の羅列を、呪文のように。 昏き者の使役権を譲渡された僕が、昏き者へ命令を下すために。 「………………………何も起きないみたいですけど、もう命令は通るんですか?」 文字の羅列を唱えたが、何が起こる気配も無い。 ゴゴゴッと大地が揺れたり体の奥底から力が溢れ出したりと、 派手な変化を想像していたため期待外れも良い所だ。 見た目も内面も、特に変わった点は見られない。 「あぁ、それでもうお前の命令は速やかに遂行される。 シルビアが送信装置みたいなものだから、昏き者に直接命じなくても良い。 どうせだし、こいつらの前で命令してやれ。」 つくづく性格の悪い人だと思う。 昏き者が自由に扱えると期待していた帝国の人達に、わざと見せ付けるとは。 まぁ、嫌いではないが。 ここまで迷惑を被ったのだから、最後くらい悔しそうな顔を拝んでも罰は当たらないだろう。 「じゃあ、始めますか。」 教会内の人達の注目が集まる中、一歩前に出て大きく一呼吸。 ボソッと言うだけでは味気無いので、片手を水平に構えて告げる。 「昏き者の主たるサガ・ニーベルヘルンが命じる。 全ての昏き者よ、一匹の例外も無く─────自決せよ。」 波動のような、大気の振動が放たれた…………ような気がする。 今のが昏き者に命令を下す感覚なのだろうか。 「外が……………………………………」 教会内の静寂を、何千と重なった悲痛な断末魔が引き裂いた。 鳥が一斉に羽ばたき逃げていく音や、海面が荒れ船が引っくり返るような音まで聞こえて来た。 どうやら、あれだけカッコ付けて何も起こらないという凄まじく悲しい事態だけは避けられたようだ。 「終わったみたいだな。 なら、いつまでもこんな針の蓆に座ってないでさっさと出るぞ。 えー皆様、この幸せなカップルを盛大な拍手でお送り下さい。 演奏者は適当にそれっぽい雰囲気の音楽を頼む。」 レオンさんにカリスマという言葉を使いたくは無いが、その表現は正しかった。
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