第零義 僕の物語

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爆煙を隠れ蓑に全速力で逃げたとしても、その程度のアドバンテージでは直ぐに追い付かれてしまう。 英雄から逃げ切るには、動きを封じなければならないのだ。 だからこその毒。 黒煙に隠され正確な位置までは分からないが、それでも出ている足の長さから顔の大体の場所は割り出せる。 殴り付けるように猛毒のナイフを投げ入れようとしたが、その瞬間黒煙から出て来た敵の手にナイフを握る右手を掴まれた。 「──────────ッ!!!?」 凄まじい力だ。 万力を全力で絞っているかのような握力に潰され、手が開きナイフを強制的に手放させられる。 黒煙で見えていないはずなのに、事前に次はこうすると教えていたかのような適格な反応。 やはり、積んできた場数が違う。 得意気にレオンさんの技術を真似しているだけの僕では、勝てる道理は無かったのだ。 掴まれた右手首の骨が悲鳴を上げ、警告音を鳴らす。 もう少し、あと少しでも掴む力が強くなれば確実に折れる。 黒煙の中で、大剣が動く。 このまま腕を掴んだ状態で、斬り伏せるつもりだろう。 僕の………普通の人間の非力な握力では振りほどけない。 予想通りだ。 予定通りだ。 予見通りだ。 こうなる事は分かっていた。 僕と相手の実力差じゃ、視界を塞いだ所で何ら意味が無いのだと。 だから、これで良い。 このシナリオで良い。 この状況こそ、僕に勝利を運ぶ鍵なのだから。 大剣が唸りを上げて振りかぶられる。 同時に、僕は大きく息を吸い込んだ。 そして、口の中に隠していた筒を舌で押し出し半分露出させて固定。 そこへ肺が痛くなる程吸い込んだ空気を、思い切り吹き込む。 吹矢。 即効性の神経毒が仕込まれた、レオンさん特製の暗器。 余りに掛け離れた実力差を覆すための、僕の切り札。 「よ──────────」 勝った。 毒矢は放れた。 これで相手の動きは数秒止まる。 その隙に地面に落ちたナイフを拾い、追加の毒を流し込む。 それで動きは止まる。 逃げ切れる。 ─────────と、そんな甘い事を考えていた。 「─────────やるねぇ。」 黒煙の中から、敵の顔が出て来る。 レオンさんが調合した神経毒で、体を動かせないはずなのに。 …………………もし毒矢が、当たっていればの話だが。 「あ。」
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