第零義 僕の物語

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ボート下から船底に攻撃する、その馬鹿の一つ覚えでは無かった。 昏き者は海面ギリギリを泳ぎ、擦れ違う瞬間に海中から飛び出し爪で僕を狙ったのだ。 脳と胃袋が直結した食欲だけの獣じゃない、それなりに頭も働く厄介な相手だ。 「レオンさん!!!!」 これはもう流石に危機感を持って貰わなければならない。 僕の頬を掠めた昏き者が着水したのを見送ってから、それをレオンさんとギブソンさんに訴える。 だが視線を戻した時には既に、2人共先程までの気の緩みは消え深刻な面持ちになっていた。 「これは重大な問題だな。」 「あぁ、これは想定外だ。」 良かった。 この2人がやる気になってくれれば、もう怖いものは───────── 「残った頭と骨で出汁取って鯛飯にしようと思ってたのに、米が1人分しかねぇ。」 「それはマズいぜ兄弟。 船の仲間は運命共同体だってのに、このままじゃ仲間同士で血で血を洗う醜い争いになるぞ。」 「なるか馬鹿野郎共!!!!」 訂正。 こいつらは超一流なんかじゃない。 何かの間違いで実力を付けてしまっただけの死ななきゃ治らない種類の馬鹿だ。 この人達に命を預けなければならない僕の実力不足が情けない。 「サガ、今は昏き者なんてどうでも良いんだ。 オレ達はそれよりも遥かに危機的な問題に直面している。」 「米が一人分しか無いんだよ。 分かるかサガ、このヤバさ? 今から最高の鯛飯が食べられるってのに、それを食えるのはたった一人なんだ。」 「米が一人分しか無いなら全員で等分にそれを分けて、 全員不満足のまま仲良く我慢しようなんて言う理想論は現実では起こり得ないんだ。 鯛飯なんて誰もが腹一杯に食いたいと思うはず。」 「そりゃ全員建前では等しく分けようと言うはずだ。 だが腹の奥底では自分だけが一人占めしようと企んでいる。 恐らく、失われて行く湯気で誘惑に負けた最初の一人が自分の分に手を付ける瞬間が始まりだろう。」 「最後の一人になるまで殺し合い、鯛飯という血に塗られた勝利の栄冠を手にする。 後に残るのは満腹感と虚しさだけだ。」 「鯛飯だけでそんな大袈裟な事態に発展する訳無いだろ!!!!! アンタらの頭の中では鯛飯はどんな扱いなんだよ!!!? 猛毒に犯された自分が生き延びるために必要不可欠な解毒剤か何かかよ!!!?」
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