第零義 僕の物語

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しかも何も言わなくなった。 一瞬頭をフル回転させて作戦を練っているものだと期待したが、 唇の隙間から漏れる呟きはそうではない事を証明していた。 「(……何よりも速く、そう──疾風の如く!!!……)」 レオンさんの膝が沈み、上体が前に傾く。 この姿勢は高速歩行術【疾風】を使う時に取るものだ。 秘薬で強化した脚力により一瞬だけ英雄並の加速で走る事が出来る、レオンさんの逃げ足の速さの象徴。 この人一人だけで逃げるつもりだ!! 「───────ッ、させるか!!!!」 膝の溜めが最高に達する寸前に、レオンさんの肩を掴む。 高速歩行術【疾風】は普通の人間が扱い切れる速度ではないため、 駆け出す瞬間に何か一つでも不具合があれば自爆に繋がる危険性があると本人に聞いている。 そう、肩に不自然な力が乗せられている今の状態では使えないはず。 「馬ッ─────ふざけんな!!!!」 「一人だけで逃げるなんて絶対に許さないからな!!!! 死ぬなら道連れだ、僕を見捨てて一人のうのう生きるなんて誰が許すか!!!!」 「だからお前が───────」 言い合いなんてしている暇も余裕も無かったはずなのだ。 それなのに、こんな喧嘩で時間を無駄にしていたら。 「おい、後ろ!!!!」 強面のオジサンの一人が、あと一歩の踏み込みで女の子の腕を掴める距離にまで迫っていた。 その後続のオジサンの手には、艶を無理矢理消したような黒い棒。 追い付かれたら、あれで死ぬまで殴り殺される事が決定してしまう。 「そこの人、助け────────」 曲がり角から現れた人影。 こちらも頭を隠すようにフードを被ったその人に、思わず助けを求めた。 どうやらそれは、正解の選択肢だったらしい。 「冷たッ────────」 氷のように冷たい水飛沫が顔にかかる。 それと同時に、直ぐ後ろまで迫っていたオジサン達の気配が遠退いた。 「こ、これは………………………………」 スコールが通り過ぎたような、大きな水溜まり。 その中に、強面のオジサン達が気を失い転がっていた。 「構図的に思わず助けてしまったが、これで良かったのか?」 あの大量の水を放った反動でフードが脱げ、素顔が見えるようになった。 陶磁器のような透き通るが如く白い肌。 翠色の瞳。 黄金を溶かしたような髪。
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