第零義 僕の物語

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百の命のために十の命を切り捨て、千の命を救うために百の命を犠牲にする。 薄情………と、簡単に言い捨てるのは責任という言葉すら知らない愚か者か全てを救える人智を超越した救世主だけだ。 大の虫を生かすために小の虫を殺す。 それはアルシェさんのような為政者としては正しい。 全てを救う事は出来ないから、その弱さを受け入れて切り捨てる強さを求めたアルシェさんは正義なのだろう。 間違っているとは思わない。 「世界の全てが敵になったとしても君の味方で在り続ける…………と、 このような現実の厳しさを知らない夢見がちな台詞を実行出来るだけの実力が君の師匠にはある。 彼の英雄談は幾つも聞いている。 第一世代の英雄である私でさえも全力で匙をぶん投げてしまうような難業や強敵を、 彼は人の身でありながら踏破し打倒して来た。 彼を救世主と評価する声もある。 その業績は認めよう、彼は恐らく最も多くの人間を救った傑物だ。」 しかし、と。 アルシェさんは強調して言った。 「彼のやり方は、信念は、生き様は絶対に認められない。 力ある者は、時に家族や友人或いは恋人等自分に近しい人間を犠牲にして大を守らなければならない。 それは力ある者の義務だ。 だが彼はその義務を放棄し、一人の少女を救った。 彼がその選択をしなければ、何事も無い平和な明日を遅れた人々を犠牲に。 メルフィス王国の件もそうだ。 君の師匠が出張らなければ、犠牲者は両手の指で数えられる程度で済んだはずだ。 しかし君の師匠が聖女を守りたいと願ったばかりに、10万もの人間が死傷した。 結果的に引き算では10万近くの"いらぬ犠牲"が出た事になる。」 「それは貴女方帝国が"自分の都合"で侵攻して来たからでしょう? 自業自得ですよ、それでレオンさんが間違っていると責められる謂れはありませんよ。」 「私が言いたいのはそういう事では無いさ。 メルフィス王国侵攻の件では、彼は聖女を社会的にも守るために10万の我が軍と激突した。 が、もし仮に聖女が初めから帝国側にいたらどうなっていただろうか?」 「どうって…………それなら帝国側に着いてアルベ──メルフィス王国の悪魔を殺したと思います。」 「そして犠牲者は少なく済んだ。 要するにね、彼の守ろうとする者が救われるべき多数にいたのならば何の問題も無い。 その場合彼は義務を果たす優秀な"力ある者"だ。」
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