第零義 僕の物語

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一方で、 「彼の救いたいと願う者が"切り捨てられるべき"少数の側にいた場合、それは悲劇だ。 彼は己の義務を果たさず、救われるべき多数を犠牲にする。 つまり、救われる命の数ではなく彼の個人的な裁量によって生きる者と死ぬ者の線引きが引かれてしまう。 彼は救世主と呼ばれるだけの強さを備えているため、更に悪質だと私は思う。」 「悪質………………………………」 「サガ君、私は君に問いたい。 彼は正しいのか? 大切に思う一人を救うために万の命を犠牲にするのは正しいのか? 救世主と崇められる強さを他人のためではなく自分のために使うのは正しいのか? 聞かせて欲しい。 彼は………君の師匠レオンハルト・スターダストは──────正義か?」 「それは………………………………」 正しいのだろうか? 正義なのだろうか? 僕の師匠は。 レオンさんは。 レオンハルト・スターダストは。 大切な人を救うためならば、百人でも千人でも見も知らぬ他人を犠牲にするのは正しいのか正義なのか。 正しいのか、間違いなのか。 正義なのか、悪なのか。 選択肢がその二択しか無いのならば、僕の心の針が揺れるのは多分…………………… 僕が結論を出すのに迷っていると、アルシェさんは安堵の息を吐いて言った。 「良かった、君がまだ言い淀んでくれる人で。 君が僅かにでも彼の主義に疑問を抱いてくれる人で。 正しいと、正義だと即答されたら私は君を殺さなければならなかった。 ありがとう、私に君を殺させないでくれて。」 変な感じだ。 殺させないでくれてありがとうだなんて。 レオンさんの報復を恐れていると言っていたので、理解は出来るが。 「長話に付き合わせてすまないね。 今日君を招いたのは、サガ・ニーベルヘルンという人物が一を救う大量虐殺者か万を救う英雄のどちらを選ぶのか………或いは選ばないのかを確かめたかったからなのだ。」 「いえ、良いですよ。 今日は僕にとっても貴重な体験でしたから。 アルシェさんに問い掛けられなければ、レオンさんが正しいのか間違っているかなんて疑問にも思わなかったでしょうし。」 僕はレオンさんに憧れている。 あの人のようになりたいとも思っている。 だけど、思考停止で盲目的にあの人を信じるのは違うと思う。 僕も僕の考えを持たなければならない。
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