第零義 僕の物語

97/118
前へ
/786ページ
次へ
「まさか──────────」 「まさかと言う程の事でも無いだろう? それが最も確実かつ最も簡単な方法だ。」 「僕にシルビアちゃんを殺せって言うんですか!!!?」 「そうだ、彼女を殺せ。 守れないならば、騎士の誓いを果たせないならば君が殺すのだ。 それは軽い気持ちで彼女に希望を持たせてしまった君の責任だ。」 「ふざけるな!!!! 守れなかったら殺せだって? 僕の力不足で守り切れなかったら殺せなんて、それが僕の責任だなんて論理が破綻してる!!!!」 「だが君が彼女を救うか殺さなければ代わりに万の人々が死ぬぞ? 君のせいで、君の知らない所で、君は万の悲劇を生む。 君が彼女を殺せば、その時点で不幸な一人の犠牲で終わる問題なのにね。」 「──────────ッ」 この人は親切でも酔狂なのでもない。 この人は選択させたいのだ。 シルビアちゃんを犠牲にして万の他人を救う道を。 親しい者も顔も見知らぬ他人も命の重さは等しいと平等に扱い、 より多くの命が救われる方を是とする"現実主義"の正義の味方としての生き方を。 レオンさんのように、一人を救って万の他人を不幸にする生き方をさせないために。 「…………………全く新しい価値観を与えてくれた事には感謝しますが、僕は貴女が嫌いです。 今嫌いになりました。 でもそれとこれとは別なので、馬はありがたく頂戴しますよ。」 「嫌われてしまったか……………それは残念だ。」 残念とは言葉ばかりで、アルシェさんは何が可笑しいのか不愉快な笑みを隠しもしない。 まるで自分の思い通りに事が運んでいると言わんばかりだ。 「期待しているよ、サガ君。 何、失敗したとしても君"は"助かる。 《疾風》の弟子という立場が君を守ってくれるのでな。 恐れず死力を尽くしたまえ。」 「"どちらを"期待しているのかは聞きませんがね。 では、美味しい紅茶御馳走様でした。」 ここで感情を行動にしてしまう程カッコ悪い事も無い。 椅子を蹴り飛ばしテーブルを引っくり返してドアを乱暴に閉めてやりたい気持ちを抑え、 丁寧にお辞儀をして優しくドアを閉めた。 「やってやるよ…………やってやるさ!!!!」 部屋を出た瞬間抑え込んでいた感情が沸騰して溢れ出し、煮えたぎった血が全身を巡る。 冷静に考えてしまうと、きっと思考が悪い方ばかりに傾いてしまうだろう。
/786ページ

最初のコメントを投稿しよう!

30237人が本棚に入れています
本棚に追加