宝町商店街

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 蛇口を閉め、鏡に付いた水滴を手の平で拭った。そこに映る顔は、何の変哲もない少しあどけなさを残した大学生の顔だった。そして見るからに睡眠不足の眠たげな顔だ。よく見ると、?や額には畳の痕がくっきりと型押しされている。 「なんだなんだ、情けない顔だなぁ。しっかりしろよな」  清は鏡に映る自分に弱々しく檄を飛ばした。一通りシャワーの水で汗を流し終え、清はバスタオルで体を拭きながら部屋に戻り、そのままテレビをつけた。どのチャンネルに合わせても代わり映えのしない芸能ニュースが流れていた。朝から芸能人の不倫騒動など見たくもない。朝くらいもっと爽やかな情報を提供してくれても良いんじゃないのか。  清は時計を見た。約束の時間までかなりある。清は時間のつぶし方を考えた。シャワーを浴びたばかりでさっぱりしているのだから、あまり動きたくはない。かといって再び布団で横になるのも考えものだ。このままテレビでくだらない芸能ニュースを見るのも時間の無駄というものだ。  清は、昨晩アルバイトから帰ってきた時のまま床に放り出されている鞄を引き寄せ、中から1冊の本を取り出した。それはベストセラー作品としてマスコミに大きく取り上げられている恋愛小説だった。作家がかなりの美貌を持った若い女性ということもあり、作品の人気もうなぎ上りだ。清自身、恋愛小説にはあまり興味は無いのだが、先月是非にと勧められ、仕方なくページを繰っていたのだ。彼は文字を目で追いながらページをめくった。特に感情を揺さぶられることもなく、未経験であるが故に恋愛に対する実感も湧かないまま、ページだけが進んでいった。
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