宝町商店街

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 清は、車窓を眺めた。一面に広がる緑一色の田んぼを見ながら、子供の頃のことを思い出していた。清はごく平凡な家庭に生まれた、二人兄弟の次男だ。兄は5歳年上で今は大手都市銀行に勤めている。銀行勤めというのは転勤が多いようで、彼もまた就職して4年と少しだが、既に転勤を経験している。始めは横浜市内で勤めていたが、現在は岡山にいる。兄の話では、地方に行くと地場の地方銀行が幅を利かせており、都市銀行はなかなか土着しづらいということだ。だからささやかな好景気に浮かれている現在でも、顧客を開拓することが難しいらしい。結局、法人に対して好条件の融資の話を持っていって、金をできるだけ多く貸し付けるのだと言う。少しでも利息を多く稼いで、営業成績を上げる他仕方がないのだろう。  山根家は、埼玉県大宮市内に居を構えていた。清の両親は、依然そこで生活している。両親とは盆暮れ以外は顔を合わせない。兄弟揃って親不孝者だ、と清はことあるごとに自分を責めている。  子供の頃、朝から晩まで元気いっぱいに近所を走り回っていた兄に比べ、清は市立図書館へ毎日のように通い、マークトウェインやコナンドイル、夏目漱石に宮沢賢治、ミヒャエルエンデに江戸川乱歩に至るまで、様々な物語や小説の世界に心身を浸らせていた。  年が離れており、趣味趣向がまるで違う兄弟は、ほとんど喧嘩をすることもなく、むしろ兄は何かにつけて清を守ることに誇りを持っていたようだ。  読書が好きな清は自然と男子より女子の友達が多くでき、それを妬むクラスの男子から「オカマ」と呼ばれて心を痛めた時期があった。  清がクラスの男子からからかわれている現場をたまたま見つけた兄は、ものすごい剣幕でクラスメイトを追いかけ回し、彼らに何らかのトラウマを植え付けてしまう程に怒り猛った。兄が小学6年生で、清が1年生のときだった。おかげでその後の人生において、清がいじめに遭うことは一切無かった。  清にとって兄の存在は無くてはならない存在ではあったが、虎の威を借りるような言動をしないように注意を払った。だから勉強はクラスで成績一番、体育は苦手ではあったが人一倍努力して平均より上でいることを心がけた。そのおかげで清は自然と学級委員に選ばれる機会が多くなった。  しかし、過去の体験から、清は女子の事を必要以上に意識するようになり、次第に女子に近づかなくなってしまった。
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