プロローグ

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プロローグ

 2003年、4月の終わり。穏やかな春の日差しが日に日に厳しく照りつける中、結城登は営業先に届ける商品の仕分けを、薄暗い倉庫の中で一人黙々と行っていた。 「まったく、漫遊ってほんと、あこぎな商売やってくれるぜ。これじゃ小せぇ店に、さっさと潰れてくれって言ってるようなもんじゃねえか・・・・」  一人ぶつくさと文句を垂れながら、得意先から送られてきた注文書を確認しつつ、2リットルのペットボトルが6本入るくらいの小さな段ボール箱の中に玩具を詰める作業に没頭した。端から見れば単純な出荷作業をしている様に見えるが、普段から経済誌や新聞の経済面にじっくり目を通すことを日課にしている結城の頭の中は、商売を拡大させる為の知恵を絞ることでフル回転していた。  結城が働く「文玩堂」は、主に玩具全般を扱う問屋業を営んでいる。玩具と言っても最近ではテレビゲームが主流になってしまい、いわゆる「おもちゃ業界」が低迷している現状に危機感を募らせ、ここでは文具も扱うようになっていた。というよりも、元々結城は「順文社」という文房具問屋の社長職を父から引き継いでいたのだが、町の文具店が大型量販店の進出によって淘汰されていき、社の業績の低迷が続いてしまっている所を文玩堂に吸収されてしまったのだ。  果たして文玩堂は落ち目の順文社を吸収することによって、何かメリットを見いだすことができたのだろうか。結城は今でもこの提携に疑問を持っている。  当初は順文社の従業員もこの文玩堂に雇われていたのだが、少子化やテレビゲーム業界の進出による大手家電販売店の躍進に、おもちゃメーカーと個人のおもちゃ屋の苦戦を肌で感じ、「おもちゃも文房具も大手量販店の一人勝ちだ」と言って、多くの者達が去ってしまった。やがて文玩堂で働く若者も将来性に不安を感じてほとんどいなくなり、慢性的な人手不足のせいで、元社長である結城自らが得意先に車を走らせる羽目になってしまっている。
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