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結城はそう言って、古本屋との間の狭い通路を進んでいった。この商店街の店の多くは店舗の上に住居を構えている。このカメヤにしても隣の古本屋にしても同様で、商店街の関係者は、ほとんどが古くからの馴染みで顔ぶれは変わらないらしい。
勝手口。ここは倉庫に通じており、脇にある少し急な階段を上ると、そこに亀谷夫妻の住む部屋がある。結城はドアの横にある呼鈴を何度か鳴らしてみたが反応がない。
「亀谷さーん。文玩堂でーす」
今度は扉を叩いたが反応は同じだ。ドアノブを回してみたが、鍵がかかったままで開かない。足下に目を落とすと、玄関マットがめくれている。几帳面な亀谷夫人が、このままの状態で放置しているのが少し引っかかった。
「おかしいなあ。急用でどこか出かけたのかなあ」
結城は首を傾げながら商店街側へ戻った。よほど暇なのか、古本屋の店主が心配そうに結城の戻りを待ちわびていた。
「駄目ですねえ。鍵もかかってるし。急用ができて出かけたんじゃないですか?」
「そんなはずはないじゃろ。そういう時、カメさんは必ず張り紙を出してから出かけよるからのう。儂にも黙って出かけるなんてこと、あるはずがない」
「その時間も惜しいくらい急ぎの用事ができたんですよ、きっと」
老店主を安心させようと、結城は努めて何事もないかのように言ってのけた。
「そうかのう。警察に連絡しなくても良いじゃろか?」
「大丈夫でしょ。明日になったらいつも通りお店、開いてますよ」
「だとええんじゃが」
不安な素振りを見せながら、老店主はカビ臭い古本の迷路の中へと消えていった。
翌日、古本屋の店主には「心配ない」と言っておきながらも、心の奥底では結城も心配だったので、朝一番にカメヤを訪れた。
「きっと、納品一日遅れだぞって、いつものように小言を言われるに決まってるんだ」
頭の中をよぎる不吉な思いを振り払うように、何度も同じことを口に出しながら車を走らせた。
宝町商店街の近くへ来ると、俄に慌ただしい雰囲気が辺りを取り巻いていた。ダッシュボードの時計を見ると時刻は9時を少し過ぎたところだ。何かいつもと違う。突然胸騒ぎがした。
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