宝町商店街

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宝町商店街

   1  1991年8月、この年も平年を上回る猛暑が続いている。同時に雨量も異常に多く、全国各地の河川で土砂災害が起きていた。地球温暖化によるエルニーニョ現象によって異常気象が巻き起こっているのではないかと、巷で噂になっていた。専門家からすると、地球温暖化とエルニーニョ現象の因果関係を証明することはできないようだが、大衆にとってみればそんなことはどうでも良かった。ただ単に、異常気象の原因を何かに押し付けておくことで、安心していたいだけなのだ。  六畳一間のアパートの部屋に、カーテン越しにも関わらず、東向きの窓から容赦なくギラギラした日光が差し込んできた。見る見るうちに室内温度は急上昇を始めた。この部屋の住人、山根清は、暑さに身もだえながら、夢うつつの状態で布団から這い出し、畳の上で眠っていた。昨晩はレポートを書くのに予想以上に時間がかかってしまい、早朝まで起きていたので、この日は少し寝坊をするつもりだったのだが、結局暑さに負けて、とうとう目が覚めてしまった。外からは、どこからとも無くけたたましい蝉の鳴き声が聞こえてくる。 「いつまで暑いんだ。これじゃあ全然眠れないよ」  当然この部屋にはエアコンといった贅沢な品はない。清は外出する時以外は、網戸を残して窓を全開にしている。そして少しでも涼しい風を得る為に、窓辺に置いた扇風機を通して室内へ風を送り込む。外と室内の温度はさほど変わらないが、外からの風があると多少は涼しく感じる。ただそれだけのことだった。おかげで寝ても覚めても全身から汗が噴き出す。  清はだらだらと起き上がり、よたよたとバスルームを目指した。水のシャワーを浴びない限り、地獄のような暑さから逃げ延びることはできないようだ。 蛇口をひねりシャワーに切り替えると、清は頭から水をかぶった。しかし、期待したような冷たさを感じることができず、少々がっかりしてしまった。どうやら水道管までもが、日射病か熱射病にでもなってしまったらしい。
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