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気を取り直して紙に向かうふみと距離をとり、手元を覗きながら文字の運びを見ていた。
「先生。お客さん来たみたいだよ」
清太の声が、少し強張って聞こえた。庭を見ると、幼馴染がきちんとした紋付の男と立っていた。
「一馬!お主良かったな!一緒に京に行けるぞ!」
縁側まで出向いた私の手を取って、幼馴染は嬉しそうにそう言った。
清太は驚いたのか、慌ててふみのところに逃げて行った。
「どういうことだ?さして、何も話した記憶はないのだが……」
「人柄と何か怪しい繋がりがないかを見ておったのだ」
「しかし……」
てっきり、終わった事だと思っていた。大した身寄りも腕もない自分にこんな話が通るはずもないと。
はたと振り返って、ふみと清太を見ると何か怯えたようにこちらを見ている。
「仕官がかなったのだ。これでお主、嫁ごももらえるぞ。一年で帰って来れるんだ。良い話だろう?」
そう言ってちらりとふみを見て、私に向かって意味深な笑みを向ける。
「いや、私は特段……」
「まぁいい。一馬。この書状を持って五日以内に来てくれ、十日したら江戸を発つんだ」
書状を手渡され、私は話を飲み込めぬまま、彼らは軽く頭を下げて帰っていった。
呆然と縁側に立ち尽くした私の足に清太がまとわりついて「先生。先生」と呼ぶのが遠くに聞こえる。
我に返ると、清太の目線に屈んだ。
「清太。先生は武士だったようだ……」
「先生。やめちゃうの?」
「そうだな……」
「帰ってくるよね?京に行くんだろ?先生、ここに帰るよね?」
庭を見ると、黄色い葉が一面に庭を埋め、真っ赤な紅葉が風に揺れていた。
「帰りたいな。ここに……」
そう呟くと、清太が下唇を噛んで裸足で庭に下りていって、黄色い葉を舞い上げる。紅葉を数枚拾い上げて、一枚を私に差し出した。
「これ、持ってけよ!!お守りだよ。京は遠いから、ここに無事に帰れるようにっ」
泣くのを堪えているのがわかって、清太を抱き上げた。
「ありがとう。これは利きそうだな。清太は頭がいい。大工にはなれないが、立派な人になるよ」
そういうと堪えていた涙が双眸から零れ落ち、私の手をすり抜けてふみに泣きついた。
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