第1章

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 ふみは黙ってこちらを悲しげに見て、清太を宥めるように背中を擦ってやっている。 「今日は帰ります。清ちゃん、帰ろう」  いつものけたたましいほどの足音もなく、清太のすすり泣きだけが聞こえ、消えていった。  ***** 「おふみ姉ちゃんはいいの?」  清太が泣きながら聞いて来る。 「わからない。でも、お侍さんにはおめでたいのでしょう?一年で帰るのでしょう?ねぇ、清ちゃん……」  泣いているのは清太だけではなかった、清手の手を引いて歩く自分もぽろぽろと泣いていた。  清太を長屋に送って、帰りに「紅葉」を貰った。  お守りだと、先生がここに無事に帰るお守りだと。書き損じた手紙を懐に入れてあったのを思い出し、そこに挟んだ。    真っ赤な目で戻った私に、お姉さんが驚いて何かあったのかと聞かれたが答えられなかった。胸にしまった紅葉にそっと手をやると涙は不思議と出なかった。  *****  次の日、和尚に仕官がかなったと伝え「指南所」をやめる事を伝えた。一年後戻る予定だとも。  和尚は難しい顔をし、私の手を取ると「今行かないほうが良いのに」と名残惜しそうに手を撫でた。  指南所は小僧が引き継ぐ事になった、十日のうち清太は欠かさず来たが、ふみは来なかった。  *****  明日は先生が行ってしまう。まだあの指南所に来ているだろうか?先生に何かお礼をしたい。  何も渡せるものなど持ち合わせていない。  清太にもらった紅葉を眺め、ふと思いたってお姉さんに筆と墨を借りた。  旦那さんに頼んで紙を分けてもらった。手紙を書きたいといったら、嬉しそうに巻紙と薄赤い紙をくれ、こう言った。 「手紙を赤いほうに書いて、この巻紙で包むといい」  手紙を書いて清太に貰った紅葉を忍ばせ、紙に包んだ。  羊の刻。暇を頂いて指南所へ急いだ。  *****  今日で仕舞いだと、昼で終わりにした。    ぼんやりと庭を眺めていたら、聞きなれた足音がした。 「先生!いらっしゃいますか?!」  ふみだった。      
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